カーリットホールディングス・出口和男社長「社員全員が『同じことをしていてもいつか通用しなくなる』と意識すれば、会社が変わっていくエネルギーになる」

工事や資源採掘などで使われる「爆薬」。今回はそれを製造する化学品メーカーを取材した。カーリットホールディングス。1918年にスウェーデンから爆薬の技術を導入し、同社の前身となる企業が誕生。現在は爆薬の製造過程の技術を使い、紙パルプの漂白剤、ロケットの推進薬の主原料なども製造する。社長は、気さくな人柄で現場からの人気も高い出口和男氏(67歳)だ。

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でぐち・かずお/'48年、東京都生まれ。'71年に立教大学経済学部を卒業し、日本カーリットへ入社。長く営業畑を歩み、'98年に取締役営業本部副本部長兼化成品部長、'02年にジェーシービバレッジ常務、'08年には日本カーリット執行役員兼ジェーシービバレッジ社長などを歴任する。'13年10月より現職 ※カーリットホールディングスのwebサイトはこちら

ご要望

爆薬は、我々の生活の様々な場面で役立っているんですよ。例えばトンネル工事。柔らかい岩盤は機械で切削できますが、どの工事でもほぼ必ず、爆破でないと割れない硬い岩盤があります。ほか、セメントや石灰石などの資源を掘るためにも爆薬が使われています。弊社は一般的な爆薬のほか、衝撃や摩擦に対する感度が鈍く、水中の工事でも使える「含水爆薬」も製造しています。爆薬という特殊な市場でも、どんな場面で使うか顧客の要望を聞き、最適な性能を実現することが大切なんですね。

なお、弊社は日本で唯一、花火の原材料もつくっています。我々が製造した原料に、花火屋さんが金属粉を混ぜ、様々な色を表現しているんです。

100年

弊社は「明治のセメント王」と言われ、東京ガス、太平洋セメント、日本鋼管なども創業した浅野財閥の創始者・浅野総一郎が設立しました。彼の事業は、セメント、鉄鋼など、長期間使われる商品を手がけたことが特徴です。「事業30年説」がささやかれるように、同じビジネスモデルは30年持てばいいほう。そんななか、浅野が100年続けられる事業をいくつも打ち立てたことには敬意を感じます。

だから我々も、事業計画を立案する時は、次の100年の礎となるべき事業は何か、と意識しています。

会食 '90年撮影。出張先の中国で取引先と会食中の様子。右から2人目が出口氏。宴席ではよく食べ、よく飲むそう

社風

私は'48年生まれ、いわゆる「団塊の世代」の初期の生まれです。だから小学校から中学、高校、大学まで、とにかく爆発的なまでに同世代の人間がいる。家庭でもおかずをとりあい、学校に行けば「優秀なのは俺だ!」と競争してきた世代です。しかし私は人気があった大手商社、金融、マスコミなどは受けず、大手ではあっても地味な化学メーカーである弊社を志望した。当時は好景気で人手がなく、青田買いどころか、その前に内々定を出す企業もありました。そんな中、就職協定を守ってまじめに求人をしていた弊社に惹かれたのです。

キャッチ

仕事に関する座右の銘は「丁寧な仕事をする」こと。特にお客様と丁寧に関わると「こういうモノが欲しい」とキャッチボールができるようになり、ご要望を誰より早く受け取ることが可能になります。「自分は人様のおかげで生きている」と考え、情報をたくさんいただく力をつければ、どんな業界でも生きていけると考えています。