中国
アジア・ダボス会議とアジア・アフリカ会議を控えたASEAN最大の消費市場 ~2015ジャカルタ見聞録(上)~
スカルノ・ハッタ国際空港 〔PHOTO〕gettyimages

40ヵ国から700人が参加した世界経済フォーラム(通称「ダボス会議」)アジア大会、安倍晋三首相や習近平主席を始め、29ヵ国の首脳が勢揃いしたアジア・アフリカ会議60周年記念首脳会議などを取材するため、4月17日、初めてジャカルタを訪れた。両会議の模様は次週お伝えすることにして、まず今週は、ジャカルタ見聞録をお届けしたい。

「イスラム教徒は悪いことはしないから大丈夫」

東京を離れて7時間余り、機内から夕刻のジャワ島が見えてきた。世界最大2億5000万人のイスラム国家であるインドネシアへ向かう日本航空機だったが、つい先ほどまで「豚肉丼」が機内食に出され、隣席の日本人ビジネスマンは小瓶の赤ワインを3本も空けていた。それが突如として、日本では決して見ることのない「風景」が、眼下に迫ってきたのだ。

それは、巨大な割れた板チョコのような眺めだった。霧が掛かっているせいで、水田と海面の区別さえつかない。それでも窓越しに凝視すると、板チョコに白砂糖を振りまいたように、白屋根の家屋が海辺沿いに点在している。1980年代に、アラン・タネール監督の『白い町で』という傑作のポルトガル映画があったが、あの映画で描かれたヨーロッパの立体的な「白い町」と違って、ジャワ島はどこまでも平面的な「白い町」だった。

飛行機が降下するにつれ、海上に浮く商船群が見えてきた。つい先程まで機内で読み耽っていた『ペリー提督日本遠征記』(角川ソフィア文庫)には、1853年にアメリカから日本へ向かう途上で立ち寄ったマカオ近海で、船を数えたら「少なくとも269艘の小船が数えられた」と書かれていた。「アメリカの世紀」と言われるのは、20世紀に入ってからだが、アメリカは19世紀からきめ細かいデータを積み上げてきたのだ。

そこで私も眼前の船舶を数えてみたが、50艘を超えたあたりから怪しくなってきた。とにかく蜘蛛の子を散らしたように、多数の商船が海上に巣くっていた。

さらに降下してジャワ島の海岸線に入った時、海岸沿いに陸付けされた巨大な船が見えた。何とその船の甲板には、3棟の高層マンションが建っていた! いよいよ日本とは別世界に入ったことを思い知った。

飛行機が滑るように着陸したスカルノ・ハッタ国際空港も、これまで利用した世界のどの空港とも異なっていた。やはり平面的な広大な空間に、GarudaとかBatavia Airなどと書かれた旧式のミニ飛行機が、何十機と並んでいた。10人乗りか5人乗りくらいだろうか。改めて、インドネシアが1万7508もの島嶼国家であることを思い知らされる。

空港の建物も、ASEAN最大1000万人の首都の空港とは思えないほど簡素だった。南国の古ぼけた別荘群のような平屋が、樹木の間に何棟か建っているだけだ。かつ屋内では、実にだらけた風景が広がっていた。まず座っている空港職員は、手をだらりと伸ばして、半分昼寝しているような格好だ。立っている警備員らは、ぼんやりあさっての方角を眺めていたり、自分のスマホで遊んでいたりする。

〔PHOTO〕gettyimages

外国人は「到着ビザ」なるものを取得せねばならないそうで(表示すらない)、空港係員が指さすままに薄暗いカウンターに向かった。日本円は不可だそうで、「35USドル」を請求された。しかも、2005年以前に印刷された米ドル紙幣は、受け付けないという。

財布の中の米ドルが2006年製だったからよかったものの、そもそも米ドルを持ち合わせていなかったら、どうなっていたのだろう? ちなみに、担当者が私のパスポートに挟んだ到着ビザのレシートには「25USドル」と書かれていた。この国はいったいどうなっているのか?

さらに薄暗い廊下を歩き、荷物受け取りカウンターへ行って、ベルトコンベアで流れてくる自分のトランクを手に取った。すると、作業衣を着た5、6人の男に取り囲まれ、トランクを引っ張られた。彼らは荷物を運んでチップを受け取ろうとしていたのだ。

彼らを振り払って出口の方へ向かうと、右手にAAC(アジア・アフリカ会議)専用サポートデスクが設けられていた。だがそこに座っている二人の女性係員は、一人は手を伸ばしてうたた寝し、もう一人は起きていたが自分のスマホでゲームに興じていた。

サポートデスクがサポートしてくれないのは別に構わないが、29ヵ国もの国家元首級VIPを迎えるというのに、入国者の荷物検査すらなかった。警備というのは、あまりに厳重でも緊張するものだが、あまりに緩くても不安になるものだ。もし私が爆発物を所持していたら、簡単にテロを起こせてしまうではないか。後にインドネシア人にこの話をしたら、「イスラム教徒は悪いことはしないから大丈夫」と、説得力のない回答が返ってきた。

空港の両替所で200ドルを現地通貨Rupiahに両替したら、紙幣のゼロが多くて目が回りそうになった。為替レートは日本円にちょうどゼロを2つ増やしたものだそうで、300円のスタバのコーヒーなら、30,000Rupiahとなる。昔、ハノイの喫茶店でコーヒーを飲んだ際に、250,000VND(ドン)と言われ、カバン一杯に詰まった札束を支払ったことを思い出した。発展途上国は発展とともにインフレが進むので、通貨が大変なことになっているのである。

この続きは、プレミアム会員になるとご覧いただけます。
現代ビジネスプレミアム会員になれば、
過去の記事がすべて読み放題!
無料1ヶ月お試しキャンペーン実施中
すでに会員の方はこちら