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特別インタビュー 瀬戸内寂聴「長生きすると分かる、いい人から先に逝くのは本当だって」(上)

葬式、お墓、愛する人との別れ、性……。一体どうしたら思い残すことなく最期を迎えられるのか。92歳のいまも作家として、また僧侶として活躍する瀬戸内寂聴氏が「生」と「死」を語る。

私が見送ってあげる

私は毎朝、新聞を死亡欄から読みます。'72年に出した祇園を舞台にした小説『京まんだら』を書くために取材した祇園の女将が、「私たちは朝、新聞を開いたら、必ず死亡欄を読みます」と言うんです。「お客さまが亡くなっていないか、チェックするためです」と教えてくれました。もし、お得意先が亡くなっていたらすぐに弔電を打たないといけないですからって。

それを聞いて以来、私もだれか知り合いが死んでいないか、死亡欄を確認するようになりました。驚いたのですが、この頃では70代で死んでも死因は「老衰」です。いま、92歳の私なんかが死んだら「老老老衰」になるんじゃないのかしら(笑)。

私は今年5月に93歳になります。'13年に『死に支度』という小説の連載を『群像』で始めた時は、「この小説は死ぬまで書こう」と思っていましたが、1年経ったところで本にまとめました。

始めた時はもう91歳でしたし、「母は50歳、父は57歳、姉は66歳で死去」という短命の家系でしたから、自分がこれほど長く生きられるとは思っていなかった。

死に支度』を書いてから、知り合いの人が死ぬこと、死ぬこと。どんどん周りの人が死ぬんですね。

今年の1月末に、作家の河野多恵子さんが亡くなられました。

河野さんは、占いが好きで、しょっちゅう私のことを占ってくれましたよ。私のほうが4歳年上でしたから、河野さんは「あなたのほうが先に死ぬのよ。それに、あなたはそそっかしいから、寝床では死なずに、立ったまま歩きながら死ぬわ。でも、死んだら私が見送りの段取りを全部してあげる」といつも言ってくれました。そうしたら、向こうが先に死んでしまった。驚きましたよ。

私も病気でしたから、河野さんとはしばらくお目にかかっていなかったけれど、向こうからしょっちゅう電話がかかって来ました。

しかも、あの人は耳が遠くなっていたから、こっちの言うことを何も聞かない(笑)。話す内容も、若い頃のことや、嫌いな作家の悪口だとか、いつも決まって同じ内容なんです。それでも河野さんと話すのは楽しくて、1時間や2時間は当たり前でした。うちの秘書が測ったら、一番長い時は、4時間半も話していたそうです。

同じことばかり話していたから、「河野さんはもしかして認知症なのかしら」と思っていたけれど、最後まで彼女の書く小説は素晴らしかった。頭の中がどうなっているのか分かりませんが、あの人の場合は、普段と書く時とでは違うところを使っていたんでしょうね。