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名医たちが涙する「忘れられない患者たち」(下) 「彼らに僕は大事なことを教わりました」
人気シリーズ「日本が誇るトップドクターが明かす」

医療の限界を知った

大畑医師が言うように、医者は神ではない。だから、患者の命を救えないことだってある。めぐみ在宅クリニックの院長を務める小澤竹俊医師は、一人の患者の死を通じて医者の「限界」を知った。今でも、その患者のことが頭から離れないという。

「医学生時代、私は福島の飯舘村で、健康診断を行う地域公衆衛生活動をしていました。活動に協力してくださっていた地域の地区長を務めていた男性がいました。その方が、肝臓がんで亡くなったんです」

まだ60代半ば。小澤医師の活動に協力してくれるだけあって自身の健康管理にも熱心で、毎年健診を欠かさない人だった。

「彼 のように健康に気を遣って生きてきた方が、若くして『悔しい』と言いながら最期を迎える。その一方、酒もたばこも好きなだけやり、健診も一度も受けたこと のない人が長生きすることもある。すべてを医療がコントロールすることはできないのだということをつくづく感じました。今後、どれだけ研鑽を積んだとして も、ある病気の前では、医師は無力でしかない。その事実に直面し、医者や医療の限界を感じ、では自分には何ができるのだろうと考えました」

医 療ですべての病を治すことはできない。だからこそ、本当の意味で苦しんでいるのは、治らない病気を抱えた患者や家族なのではないか。そう考え、終末期医療 の道に進むことを決意する。卒業の7年後からホスピスに勤め、今から10年前に在宅クリニックを開業。小澤医師はこれまでに2700人もの患者を看取って きた。

「私の原点になった彼のことは忘れません。卒業後も毎年、線香を上げにご自宅に伺っていて、原発事故後、飯舘村が避難地域になる前にも訪ねました。『あなたから学んだことは忘れません』と、ご仏前に報告しました」

病 気であっても健康であっても、いつか命は終わる。それならば、いかに生きるか、なぜ生きたいのかを考えるべきではないか。そして、その患者の「人生」を支 えることが医者の役目なのではないか。東京女子医科大学脳神経外科講師の林基弘医師は、そのことを一人の患者に気づかされた。

乳がんが脳に転移し、林医師が得意とするガンマナイフ(放射線をピンポイントに脳腫瘍に照射する治療)を受けにやってきた女性。当時、48歳だった。

「2~3cmの脳腫瘍が10個もあり、神経を圧迫して幻覚が見えるほど症状は深刻でした。2度に分けて治療することになったのですが、治療日を決めるとき、彼女から『週末は治療が入らないなら、仲間とハワイに行きたいんだけど、いいですか?』と訊かれたんです」

末期のがん患者とは思えない質問である。別の医師が同行するというので許可を出すと、彼女は本当にハワイへ旅立った。