読書人の雑誌『本』
芥川賞作家・津村記久子の大人気エッセイ『やりたいことは二度寝だけ』がパワーアップ!笑えて泣ける、日常エッセイ集第2弾『二度寝とは、遠くにありて想うもの』

高校の友達


(文・津村記久子)

去年の年末に、ゴッドマザーになった。そういう言い方をすると大仰なのだが、要するに名付け親である。エッセイ集『二度寝とは、遠くにありて想うもの』に収録されている雑記に登場する、ニューヨーク在住の友人であるところのNが、日本に里帰りをして男の子を出産したので、彼の日本名のミドルネームを付けたのだ。音は英語圏の人にも発音しやすい「KEN」と決まっていたので、わたしは、その音のおすすめの漢字をいくつか提案した。

Nと出会ったのは、高校の美術部でのことだった。同じ学年だが、一度も同じクラスになったことはない。二人とも入学と同時ぐらいに入部した。絵を描いていた、というよりは、ひたすらしゃべりたおしていた。何の話をしていたのかいちいち思い出せないぐらいしゃべりまくっていたのだが、だいたいお笑いの話をしていたと思う。

高二の夏に、部員の我々からすると納得のいかない方針を顧問が押し通したため、彼女は辞め、わたしは部に残った。そこで自分たちの縁は途切れてしまうかのように思われたが、わたしとNは相変わらず、お笑いのことだとか、とっくに終わっていた『ヤヌスの鏡』の再放送のことだとか、円広志の新曲がえらいことになっているとか、グリーン・デイのことだとかを話しまくり、共通の友人に変なあだ名を付けて、しまいに怒らせてしまったりしていた。

その後、わたしは大学、Nは美術の専門学校に進み、わたしの在学中にNは専門学校を卒業して就職し、それから二年ほどしてその会社を辞めて上京した。わたしが新卒で入った会社から今までの来し方についての詳しいことは省略するが、とにかくその数年後、新人賞を頂いて少しした後、Nがわたしのメールアドレスに連絡してきた。

わたしは、その内容如何以上に、アカウント名が「karryrice」であることに引っかかった。その後、「アドレスを変えました」という連絡をもらった時のアカウント名は「geroge----ro」だった。いったい何を考えているんだろうか。

そしてNが東京から帰ってくるタイミングで、わたしは久しぶりに彼女に会うことになった。東京の広告代理店に勤めていたということなので、そのイメージ通りのかなりアーバンないでたちになっていたが、中身は高校の時のNとさほど変わらなかった。彼女は、仕事を辞めてニューヨークに絵の勉強に行くのだ、と言って、そのまま大阪にしばらく滞在して英語の勉強などの準備をしたのち、ニューヨークへと旅立っていった。Nが日本でわたしと最後に行った場所は、たぶん大阪の京橋だったと思う。グランシャトーが懐かしかったらしい。

ニューヨークでNは、バーで声をかけてきた男性と結婚し(こう書くとすごく軽い人みたいなのだが、弁護士である夫のアンディは、カントリーミュージック大好きで共和党支持の真面目な人のようだ。足のサイズは31センチ)、今に至る。Nは、帰国の予定が立つたびに連絡してくれて、わたしは毎回会っている。日本に帰ってくると、必ずびっくりドンキーに行く。あまりに行きすぎて去年、「なんか、ドンキーってわたしらのふるさとみたいやな」としみじみ言っていたのが今もなんだか変だと思う。

ニューヨークに行くことで、舶来のそれよりも日本文化の良さに目覚めた感のあるNは、MacBook Airに入っているツイストの「銃爪」をわたしに聴かせては、ええ曲やろー、と言い、水谷豊の「カリフォルニア・コネクション」が、ちゃんと音程が合っているのにあまり上手に聴こえないのはなぜかとわたしと話し合い、火野正平の女性遍歴について説明してくれたりする。

そしてNは、赤ちゃんのスタイを漂白するためにネットで調べまくって入手したという「カラーブライト」について教えてくれて、ニューヨークへと帰って行った(よくミルクを吐く赤ちゃんなのだ)。英語名はIkeという赤ちゃんは、ミドルネームを「顕」と名付けられた。十代の頃から、わたしが文章を書くことを応援してくれていたNに、少しは恩返しができたのではないかと今は思う。ちなみにNが昔わたしに付けてくれたペンネームは、「ストロベリー親方」だった。「ストロベリー」と「親方」の断層のマリアージュを味わっていただきたい。

(つむら・きくこ 作家)
読書人の雑誌「本」2015年5月号より

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津村記久子(つむら・きくこ)
1978年大阪市生まれ。大谷大学文学部国際文化学科卒業。2005年「マンイーター」で第21回太宰治賞を受賞。2008年『ミュージック・ブレス・ユー!!』で第30回野間文芸新人賞受賞。「ポトスライムの舟」で第140回芥川賞を受賞。

津村記久子・著
『二度寝とは、遠くにありて想うもの』
講談社 税別価格:1,500円

大人気エッセイ、『やりたいことは二度寝だけ』がパワーアップしてかえってきた!
もっと笑えて泣ける、日常エッセイ集第2弾!布団に感謝して話しかけたり、落ち込んだら編み物に没頭してみたり、「女子会」「いい歳」「打明け話」など、“言葉”について考えたり、「一人ごはん」や「無縁死」について考察したり・・・・・・どこにいてもすぐ知らない人に道をきかれるという自称「気安い顔」の庶民派、芥川賞作家が綴る、味わい深くてグッとくる日々のエッセイ集。

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