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日経新聞の連載が「面白すぎる」と大評判 いじめ、カンニング、家出に闇アルバイト ニトリ社長(似鳥昭雄氏)に聞いた「私の履歴書」ホントのところ(下)

生きるためになんでもした

—高校卒業後は札幌短期大学を経て、北海学園大学に編入。アルバイトで生計を立て、居酒屋を回って債権回収をしていたというエピソードも紹介されています。

「え え。当時、高倉健や菅原文太の任侠映画が流行っていたので、それを真似て取り立てをしていました。実入りの良い商売で、友人と一緒に『不良債権ないです か』と居酒屋を回る日々でした。ですが、回収先の中にはスジの悪い人もいて、危険な思いもたくさんした。ナイフで切られたこともありましたよ。その傷は、 今でも残っています」

—その傷を見せてもらうことは?

「いやいや、それはいいでしょう(笑)」

—他に、どんなアルバイトをしていましたか。

「ビリヤードも得意で、一般人相手にわざと負けておいて、賭け金が上がったところで勝ちをかっさらうこともあった。

他にもスマートボールで稼ぎすぎて、店から出入り禁止を食らったことも。スマートボールで勝つ秘訣?台を持ち上げて、強引に玉を入れる。そうじゃなきゃ、当たりっこないよ(笑)」

これらのエピソードから浮かび上がってくるのは、とにかく目の前の日々を生き抜かなければともがく若き日の姿だ。別の高校同級生は、こう語る。

「似鳥君は、昔からじっくりと物事を考えるところがあった。何ができるか分からないが、自分で商売を興したいと話していました。それが今のニトリになっているんですから、驚きます。初志貫徹で頑固一徹なところが、彼の個性でしょう」

—大学卒業を機に就職した父親の会社を辞めて広告会社に入社し、その後23歳でニトリの前身「似鳥家具店」を立ち上げられました。創業当初から順風満帆だったんでしょうか。

「とんでもない。開業当初、売り上げは月40万円だった。なんとか2店舗目を出しても、近所に5倍ほどの大きさの家具店が建ってお客さんを取られてしまったり。これまで、倒産の危機を何度も経験していますよ」

話したくない「過去」も

似鳥社長は、あっけらかんとこう語る。4月いっぱい続く似鳥社長の「私の履歴書」だが、少し先回りして、その後の「履歴書」についても聞いてみた。