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『釣りバカ日誌』と原子力発電所の関係
国民的映画の元監督が明かす 美しい港には原子炉があった。そして・・・

聞き手/ジャーナリスト 青木 理

『釣りバカ日誌7』のエンドロールには、二つの電力会社と「日本原子力発電株式会社」の名前がクレジットされている。美しい漁港を舞台とする映画に、なぜ原子力関連企業の名が現れたのか---。

『釣りバカ』のロケ地も壊滅

『釣りバカ』シリーズの 初代監督・栗山富夫氏

「地震が起こってからはとても憂鬱な気分が続いているね。津波で被害にあった町のなかには、映画の撮影でお世話になった町もあるし、放射性物質が垂れ流されたことで、海が汚れてしまった・・・」

 こう語るのは栗山富夫氏(70歳)。人気映画『釣りバカ日誌』の元監督である。今回の地震と津波で多くの町や漁港が壊滅し、原発事故によって日本の海が汚染されたことに大きな悲しみを感じている、と明かす。

 栗山監督は、『釣りバカ日誌』シリーズの第1作目(1988年公開)から10作目(1998年公開)までを手がけた。その撮影地を並べてみると、原発のある町、原発に近い町が多かったことが分かる。

 第8作目の舞台となった福島県いわき市(福島原発)をはじめ、3作目の静岡県・西伊豆町(浜岡原発)、5作目の京都・丹後半島(高浜原発)、7作目・福井県(敦賀原発と原発と美浜原発)、そして9作目・鹿児島県の薩摩川内市(川内原発)。

 実は、原発と『釣りバカ』には意外な関係があった。「美しい自然と漁港を撮りたかったのに、そこには原発があって、撮影の時に困った」と栗山監督は話すが、なぜ原発のある町が、『釣りバカ』の撮影地に選ばれることが多かったのか。

—私は先日まで被災地を見て回ってきたんですが、その被害は想像以上に深刻でしたね。辺りには異様な臭気も漂っていて、その場に立ちすくみました。

栗山 僕も地震の後テレビに噛り付いていたんだけど、僕の見知った茨城や東北の漁港がことごとく津波に襲われて、廃墟になっていく様には、言葉を失ったね。夜になっても燃えている気仙沼の悲惨な状況を見て、遠い昔のことを思い出しました。僕の一番古い、この世界についての記憶は、4歳のときの記憶なんですよ。

 僕はそのとき父と母の3人で墨田区に住んでいた。そこで東京大空襲を迎えたんです。業火のなか、母は僕を体から離さず逃げに逃げて、墨田区の国民学校に避難したらしい。コンクリートの学校の屋上から見た光景、その記憶は今でも鮮明に焼きついているよ。東京一面が焼け野原になっていた。今回の地震で、気仙沼市が津波と火事でやられちゃったけど、あの光景をテレビで見て、大空襲の後の忌まわしい気持ちがよみがえってきたね。