[サッカー]
田崎健太「日本人初のMLS採用」

~中村武彦Vol.5~

 語学を自分の身体に叩き込む最短かつ最良の方法は、母国語を遮断して、その言語の中に窒息するほど、どっぷりと浸かって生活することである。
 その意味で、中村武彦が選んだマサチューセッツ州立大学アムハースト校アイゼンバーグビジネススクールは、最適の環境だった。

 学校のあるアムハーストは、人口37000人ほどの小さな街だ。街にはアムハースト大学、スミス・カレッジの三校がある、学生街である。

 街で最も高い建物は、28階建ての図書館だった。窓から下を覗くと、手前にほんの少しの市街地があるが、それから遠くは平原が広がっていた。夏休みになって、アメリカ人の学生たちが帰省すると、街から人気がなくなり、ゴーストタウンのようになった。

 マサチューセッツ州立大学には日本からの留学生がいたが、交流をする時間はほとんどなかった。中村は大学院の授業についていくだけで精一杯だったのだ。

 当然のことだったろう。日常会話とビジネススクールで使用する英語の質は違っている。中村は、本来は1年半で卒業するところ、2年間に延長した。自分は修了を急いでいるわけではない。少しでも知識を吸収したいと思ったのだ。

論文執筆からインターンへ

 そんな厳しくも愉しい大学院の生活はあっという間に過ぎ、修士論文に取りかかることになった。
 当初の予定通り、中村はメジャーリーグサッカー(MLS)のアジア戦略を題材に取りあげることにした。その話を聞いた担当教員は、MLSで働いている卒業生を紹介してくれた。

 卒業生に連絡をとると、国際部のネルソン・ロドリゲスという男を紹介してくれた。中村はロドリゲスにメールを送り、ニューヨークで会うことになった。