「自分の意見を伝えられる子どもに育てる」
【第3回】「発信力=表現力」ではない

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【第2回】はこちらをご覧ください。

仕事で小説的な描写力を使うことがありましたか?

自分の意見を表現しようと思った時に、「表現豊かに言わなければいけない」「気のきいた言い回しをしなければ」と感じる方が多いように思います。

国語の教科書には、物語や随筆がたくさん載っています。ぼくらは小さいころからそれを見ています。一方で、ビジネスの現場で交わされている文章や言い回しには触れずに大人になります。

そのため、国語の教科書に載っているような日本語を「大人が使う言葉」として捉えているのかもしれません。

でも、ビジネスで使う日本語は、まったく違うものです。「豊かな表現」も「気のきいた言い回し」もほとんど求められません。それは目指すべきゴールではなかったのです。

以前、小学生向けの作文指導の本を読んで、愕然としました。そこに模範として書かれていた文章が、とんでもなく的外れだったからです。

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タイトル:運動会
「ドクンドクン、ドクンドクン」
ぼくの心臓が今にも飛び出てきそうだった。ぼくはまだスタートラインにすら立っていない。それでもこの鼓動を抑えることはできなかった。
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なるほど、たしかに表現力豊かな文章かもしれませんね。ですが、考えてみてください。みなさんが社会に出て、一度でもこのような文章を書いたことがありますか? 会社で、買い物に行ったお店で、その他どこでも構いません、大人になってから小説以外で、このような文章を見たことがありますか?

おそらく、ほとんどの方が「ない」と答えるでしょう。こういう文章を書くのは、小説家や脚本家、シナリオ作家ぐらいです。それ以外の一般人は、おそらく一生書くことがない文章でしょう。だとしたら、こんな文章を目指してもまったく意味がないのです。