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独占!わが東京海上との「1300日裁判」(上) 愛する会社を敵に回して、戦い続けたエリート・サラリーマンの記録 

長谷川 学 ジャーナリスト

平穏な会社生活を送っていた一人のサラリーマンを突然襲った謎の降格人事。真実を求めて止むなく起こした裁判では、長年愛し、勤めてきた会社から思いがけない非難を受け—。現役社員の慟哭。

なぜ、私がこんな目に

「最初はまったく青天の霹靂で、何が起こったのか理解できませんでした」

こう語るのは、損害保険業界大手の東京海上日動火災保険に勤める50代の現役社員、田中一郎氏(仮名)だ。

東京の有名私立大学を卒業した田中氏は、北海道にある支店に勤務していた'10年7月、突然の降格人事を言い渡された。課長代理から主任に格下げとなり、権限も大幅に奪われて、「入社24年にして入社3年目の社員と同じ扱い」(田中氏)を受けるようになったのだ。

田中氏には降格されるような理由は、まったく思い当らなかったが、説明は一切なかった。

田中氏が降格人事の取り消し等を求めた裁判で原告代理人を務める、菅谷公彦弁護士が語る。

「東京海上の人事考課(課長代理クラス)には上からS、A+、A、B、C、Dの6段階があります。のちに裁判で田中氏の評価の変遷が明らかになったのですが、'05年、田中氏は最高評価のSランクでした。これは3000人以上いる課長代理クラスの、上位5%にしか与えられません」

降格前の田中氏は課長代理として、1人当たり約100件の案件を扱う主任7~8人を統括し、指導する立場だった。年間に行う決裁は4000件を超えていたという。

ところが'06年、田中氏の知らないところで、評価は一気に3段階落ちBに。さらに'10年には最低のDとされ、異例の降格人事を受けた。

「田中氏は平均夜8時半まで残業していたほど熱心で労働意欲も旺盛だった」(菅谷弁護士)というが、そんな田中氏が、なぜ突然、降格されることになったのか。

話を、突然の降格人事に戻そう。辞令を聞いて驚いた田中氏だが、何も初めから裁判所に訴えたわけではない。まずは当時の上司に納得のいく説明を求めたが、答えは得られなかった。

次に人事に関する疑義を受けつける社内の窓口である苦情処理委員会に諮った。しかし半年近く会社とのやりとりをつづけても、十分な説明はない。やむなく田中氏は、翌'11年5月、降格の無効を求める労働審判手続を札幌地裁に申し立てた。

だが裁判官らによる1ヵ月間の審議と調停も不調に終わる。残された道は本格的な裁判だけだ。

訴訟になると決まった翌日、田中氏に思いがけない出来事が起こる。

「自席で仕事をしていると、以前の部署の上司だったN課長と次長が血相を変えてやってきました。そして『お前の持っているモノを全部出せ!』と迫ったのです。

同じフロアには大勢の同僚や部下がいましたが、誰も事情を知らなかった。皆が手を止めて、こちらを見ていました」

会社員としての平穏な生活を誰よりも望んでいた田中氏。同僚や部下に「会社との裁判になる」などとは知られたくなかった。田中氏はつづける。

「私が『場所を変えましょう』と言って3畳ほどの別室に移ると、彼らはこう言いだしたのです」

持っている証拠を寄越せ。これは業務命令だ。背けば人事部に報告する。まさか社内の書類を弁護士に渡したんじゃないだろうな。労働審判は私用であって、会社のコピー機やパソコンなどを使っていたら職務規程違反だ。仕事中に労働審判のことを考えてもいけない—。

狭い密室のなか、二人がかりで責めたてられた田中氏。「弁護士に相談させてください」と訴えても、元上司らは、

「弁護士は関係ない。これは業務命令だ。回答しなければ業務命令違反だ」

などと言い募った。何とかその場は「弁護士を通して回答する」と言って乗り切った田中氏。その後、部下と取引先に向かったが、移動の電車のなかで部下からこう問いかけられて愕然とする。

「何かしたんですか。まさか、横領とか……?」

会社と裁判になるんだよ、とは言えない田中氏は黙るしかなかった。

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