二宮清純レポート 走れ!ヨシヒロ3番・丸佳浩 広島は変わった、僕も変わった(下)
『二宮清純レポート 走れ!ヨシヒロ3番・丸佳浩 広島は変わった、僕も変わった(上)』より続く

毎年進化している

前田は折に触れて後輩にアドバイスした。丸にとって、とりわけ印象深いのが次のセリフである。

「無駄死にするな」

どういう意味か。丸が説明する。

「勝負の結果の三振はしょうがない。ただ、何も事が動かない、展開が開けないアウトには絶対なるなと。この言葉は今でも耳の奥に残っています」

入団から3年間は主に二軍暮らし。一軍に定着したのは4年目の'11年。打率2割4分1厘、出塁率は3割1分9厘だった。

それから翌'12年は2割4分7厘、3割5分3厘。'13年は2割7分3厘、3割7分6厘。そして昨季は3割1分、4割1分9厘と、文字どおり右肩上がりで成長を続けている。

先述したように現状の課題を明確にし、それを具体的にひとつひとつ解決していく力が、丸の最大の強みである。

指導者にも恵まれた。'13年に打撃コーチに就任した新井宏昌である。

通算2038安打。'87年に樹立した130試合での年間最多安打記録(184本)は、'94年に愛弟子のイチローに塗り替えられるまで7年間破られなかった。

新井といえば、まるでカサでもさしているかのような自然体のフォームが印象に残っている。グリップをユニホームの胸マークのあたりに置き、オープンスタンス気味に立つ。この〝脱力打法〟を伝授したのが名コーチの誉れ高い中西太だ。

「ちょっと、無駄な動きが多すぎるな。インパクトの瞬間、下半身の動きを止めてヘッドを走らせてみろ。右手でグリップをしっかり握っていれば、少々、左手は遊ばせても構わん」

中西白熱教室は壁に突き当たっていたベテランを、どう変えたのか。現役時代の新井の証言が古い取材ノートに残っていた。

「中西さん流のインパクトの瞬間にだけ力を入れる打ち方にして、強い打球が打てるようになった。遠くに飛ばそうという気がなくても、インパクトの瞬間さえしっかりしていればスタンドインできる。それを肌で感じましたね」

鉄壁の〝二中間〟コンビ

中西から新井へ、新井から丸へ—。今の丸のフォームは現役時代の新井によく似ている。技術の伝承が自然体のフォームに痕跡として刻まれている。

教え子の丸はどう考えているのか。