「袴田事件」は冤罪だと訴える
元判事と元暴力団組長

「毒ぶどう酒事件」が審理差し戻しで
問われる司法の蹉跌

 三重県名張市の「毒ぶどう酒事件」は、4月5日、最高裁が名古屋高裁に審理を差し戻したことで、再審開始決定の可能性が出てきた。再審無罪の「足利事件」に続くこうした動きは、有罪率99.9%を誇る日本の刑事裁判の歪みを改めて露呈している。

 起訴されたら有罪となってしまうのなら何のための公判か――。

 刑事事件の被告ならずとも、裁判官と検事と弁護士という法曹三者が、有罪を前提に公判を続け、量刑だけを争う予定調和のような現在の刑事裁判には疑問を感じざるを得ない。

 逮捕すれば起訴、起訴すれば有罪という流れを絶やさぬように、捜査現場では刑事も検事も必死で被疑者に自白を迫る。その鬼気迫る様子は、「足利事件」の再審過程で明らかにされていった。冤罪はまさに作られる。

「袴田事件」をご存じだろうか。

 1966年6月30日、静岡県清水市の味噌製造会社専務宅が放火され、焼け跡から一家4人の他殺体が発見され、従業員の袴田巌が逮捕された放火殺人事件である。袴田は犯行を頑強に否認していたものの、拘留期限3日前に自白、静岡地検が起訴した。

 刑事裁判では、「自白調書」が重要な意味を持つ。公判で袴田は無罪を主張したが通らず、68年9月、静岡地裁は死刑判決。東京地裁に控訴するも棄却、最高裁への上告も棄却されて、80年12月、死刑が確定した。現在、弁護側は第二次再審請求をしている。

「袴田事件」の衝撃は、一審判決で死刑を言い渡した静岡地裁の元判事が、07年2月、「彼は無実だ。私はそう確信したが、合議の結果、2対1で死刑が確定、私が判決文を書いた」と告白。袴田の補佐人となっている姉に謝罪、再審請求支援を表明したことだった。

 元判事の名は熊本典道。1938年生まれで袴田の二つ下。無罪と信じる被告を殺人犯にしたという良心の呵責から裁判官を判決の7ヵ月後に辞め、弁護士となる。

 しかし袴田事件を忘れることはできず、独自に警察による証拠を実証調査、証拠はつくられたものであることを記したレポートを袴田弁護団に送るなど水面下で支援した。さらには告白に踏み切り、マスコミの取材にも応じたのである。

 この元判事の苦悩にスポットを当てつつ「袴田事件」が冤罪であることを訴えた映画が完成、試写会を重ね、静かに共感の輪を広げている。

『BOX 袴田事件 命とは』と題されたこの映画は、5月下旬、渋谷の「ユーロスペース」「銀座シネパトス」などで封切られる。監督は、道元禅師を描いた『禅ZEN』(08年)などで知られる高橋伴明、熊本役が中堅俳優としての地位を固めた萩原聖人、袴田役が若手注目株の新井浩文。

 他に、葉月里緒奈(熊本の妻役)、村野武範(地裁裁判長役)、保阪尚希(陪席裁判官役)、石橋凌(警部役)、ダンカン(刑事役)などが脇を固める。

冤罪映画に3億円を出資した元暴力団組長

「俺は殺人犯と一緒っちゃ・・・俺を死刑にしてくれんね」

 こう慟哭する熊本の心の痛みは、安易に導入された裁判員制度への問いかけでもあり、「あなたなら、死刑といえますか?」という映画のコピーとともに、胸に突き刺さる。

 映画を企画し、3億円といわれる製作費を出資したのは忠叡(ちゅうえい)こと後藤忠政。山口組系後藤組の元組長で武闘派として知られたが、堅気となって昨年4月、浄発願寺(神奈川県伊勢原市)で得度(出家)、忠叡は法名である。

 大物右翼の故・野村秋介との交遊で知られ、政治や社会などへの関心は高かったが、堅気になるとともに社会貢献活動に力を入れるようになった。後藤組の本拠が置かれていたのは静岡県富士宮市。熊本の告白によって、「袴田事件」が地元で起きた冤罪事件であることを確信、映画の企画制作という形で袴田を支援することになった。

 映画のなかでも明かされているが、30歳で逮捕され、45年に及ぶ拘禁生活は、袴田の神経を壊した。死刑囚となってからでも30年の歳月が流れており、死の恐怖に怯えながら暮らす日々は、考えようによっては、死刑より苦しい地獄かも知れない。

 石橋凌、ダンカンといった個性派が刑事に扮し、袴田の精神と肉体をギリギリまで追い込み、ついに自白させるシーンは、国家権力の非道を感じさせ、国会で論議されている取り調べの録画録音を強制する可視化も無理からぬことだと思わせる。

 警察の捜査ミスもあれば検察の判断ミスもある。それに引きずられて裁判所が誤った結論を出すこともある。人間が万能でない限り、冤罪は起きる。大切なことは、そうならないよう裁判システムを改め、冤罪の"芽"をできる限りつぶしていくことだが、それが今の司法制度改革でできているとは思えない。

『BOX 袴田事件 命とは』は、事件のもつ歪みと、裁判制度のもつ歪みの双方を伝える。

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