伊藤博敏「ニュースの深層」
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「袴田事件」は冤罪だと訴える
元判事と元暴力団組長

「毒ぶどう酒事件」が審理差し戻しで
問われる司法の蹉跌

2010年04月08日(木) 伊藤 博敏
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 三重県名張市の「毒ぶどう酒事件」は、4月5日、最高裁が名古屋高裁に審理を差し戻したことで、再審開始決定の可能性が出てきた。再審無罪の「足利事件」に続くこうした動きは、有罪率99.9%を誇る日本の刑事裁判の歪みを改めて露呈している。

 起訴されたら有罪となってしまうのなら何のための公判か――。

 刑事事件の被告ならずとも、裁判官と検事と弁護士という法曹三者が、有罪を前提に公判を続け、量刑だけを争う予定調和のような現在の刑事裁判には疑問を感じざるを得ない。

 逮捕すれば起訴、起訴すれば有罪という流れを絶やさぬように、捜査現場では刑事も検事も必死で被疑者に自白を迫る。その鬼気迫る様子は、「足利事件」の再審過程で明らかにされていった。冤罪はまさに作られる。

「袴田事件」をご存じだろうか。

 1966年6月30日、静岡県清水市の味噌製造会社専務宅が放火され、焼け跡から一家4人の他殺体が発見され、従業員の袴田巌が逮捕された放火殺人事件である。袴田は犯行を頑強に否認していたものの、拘留期限3日前に自白、静岡地検が起訴した。

 刑事裁判では、「自白調書」が重要な意味を持つ。公判で袴田は無罪を主張したが通らず、68年9月、静岡地裁は死刑判決。東京地裁に控訴するも棄却、最高裁への上告も棄却されて、80年12月、死刑が確定した。現在、弁護側は第二次再審請求をしている。

「袴田事件」の衝撃は、一審判決で死刑を言い渡した静岡地裁の元判事が、07年2月、「彼は無実だ。私はそう確信したが、合議の結果、2対1で死刑が確定、私が判決文を書いた」と告白。袴田の補佐人となっている姉に謝罪、再審請求支援を表明したことだった。

 元判事の名は熊本典道。1938年生まれで袴田の二つ下。無罪と信じる被告を殺人犯にしたという良心の呵責から裁判官を判決の7ヵ月後に辞め、弁護士となる。

 しかし袴田事件を忘れることはできず、独自に警察による証拠を実証調査、証拠はつくられたものであることを記したレポートを袴田弁護団に送るなど水面下で支援した。さらには告白に踏み切り、マスコミの取材にも応じたのである。

 この元判事の苦悩にスポットを当てつつ「袴田事件」が冤罪であることを訴えた映画が完成、試写会を重ね、静かに共感の輪を広げている。

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