1971年 マクドナルド 銀座・三越に初上陸を語ろう(下)
店員は厳選女子大生、ホコ天で食べた80円のハンバーガーはアメリカの味がした 

シェイクにもびっくり

山迫 オープンの1ヵ月前に入社するや、日本マクドナルドの株主だった第一屋製パンの工場内に設けられたモデルショップで、本社のマニュアルに基づいて調理法や接客を仕込まれました。その後、藤田さんから「1号店の店長をやってくれ」と言われたときは、うれしさと同時に責任の重さに押し潰されそうになりました。

泉 世界中どこでも同じ味、均一なサービス。マクドナルドといえば、アメリカ流のマニュアル化されたシステムの元祖ですもんね。でも、1号店の接客がいかにもマニュアルぽかったという印象はあまりないなぁ。

山迫 もちろん、本社のマニュアルはありましたが、それだけに縛られませんでした。レジは8台ありましたが、日本人にはまだ列に並ぶというマナーがなく、店内と店先は大混乱。そこで、独自に商品ごとのラインをつくりました。棒を振りかざしながら「こっちがハンバーガーの列です。こっちがシェイクです」と呼びかけた んです。

田沢 そうそう! 当時はセットメニューがなく、別の商品を買うためにもう一度並び直す必要があったんですよね。