雑誌 企業・経営
ピエトロ・村田邦彦社長「取引先を値段で天秤にかけない。信頼関係を大事にしないといけない。父から継いだ、私の経営の信念です」

販売開始から35年目を迎えた『ピエトロドレッシング』を製造・販売するピエトロを取材した。元は福岡のお洒落なパスタ店だが、サラダにかけたドレッシングが口コミで評判になり、現在はレストラン経営に加え、高級ドレッシングを販売する企業だ。経営者として、さらには明太子や高菜を使ったパスタを自ら考案するなど料理人としても名高い村田邦彦社長(73歳)に聞いた。

* * *

むらた・くにひこ/'41年、福岡県生まれ。'64年に福岡大学商学部を卒業し、'80年に「洋麺屋ピエトロ」を創業。博多明太子、高菜、納豆など、従来はスパゲティに使われていなかった食材を活かし人気店に。その後、店で提供していた特製ドレッシングが評判になり、全国で販売。'02年に東証二部上場を果たす ※ピエトロのwebサイトはこちら

直感

なぜか、ひらめきがあるんです。例えば我が社で、ドレッシングにオリーブオイルや麹を使ったら、その後すぐ健康的な食材として注目を集めて、流行の食材になった。緻密なマーケティングではなく直感型なのですが、キーワードは「女性向け」「健康」だったのかな、と思います。レストランの夏向けのメニューにココナッツオイルを使ったものを入れたら、これもあたり始めているんですよ。

元祖和風

思えば35年前、スパゲティレストランを開店した時に“誰に食べてもらいたいのか”と考え、「若い女性」にと考えた時から、「健康」をテーマに掲げていました。100種にも及ぶメニューがあるのに、使った肉類はベーコンだけ。ドレッシングも、「より多くの女性にサラダを好んで食べていただきたい」と試行錯誤し、当時は多分、ほとんどなかったはずの「醤油を使った和風」のフレーバーにしてみたんです。

親父の教え

実家は昔ながらの、ラーメンも、ちゃんぽんもあるような食堂でした。1階が店舗で、2階が住まい。私は子どもの頃から、料理人やウエイトレスさんが兄や姉のような環境で育ち、小学生の頃から、混雑する時間は皿洗い。記憶に残っているのは、事情があって、親父が乾物屋さんなどの取引先に「支払いを待ってほしい」と頼みに回った時のことです。

父はまだ中学生か高校生だった私に「ついてこい」と言い、行くと取引先は皆「村田さんが言うなら」と支払いを待って下さった。帰り道、親父が口にした「価格も大事だけど、取引先を5円安い10円安いで天秤にかけるんじゃない。信頼関係を大事にせんといかん」という言葉は、今も私の信念です。

だから、たとえば今、弊社に玉葱を入れて下さっている取引先は、ピエトロドレッシングをアパートの一室でつくっていた時から付き合いがある八百屋さんです。現在は年間約1000トンの玉葱を使いますが、一緒に成長してきた仲として家族ぐるみの付き合いができています。ただし、私は会社のお金で接待されたことも、したことも一度もありません。

余談ですが、父の自慢は、兄妹が多い家庭で育ったこともあってか「親にもらったものは、パンツ以外全部返した」でした。「パンツは返したら失礼だから」とも言っていましたよ(笑)。

作家---陶芸作家の一面も持つ村田氏。そのほか、絵画、書道など、いくつもの趣味を楽しんでいる

一から創る

大学卒業時に就職も考えましたが、親父が博多駅にテナントのカレー店を出したばかりだったので「苦労人の親父に孝行できれば」と手伝うことにしました。しかし、隣に多彩なメニューがある洋食屋さんがあったから「カレーだけでは寂しい。料理を広く学びたい」とホテルなどで修業しました。