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「息子に先立たれて」「娘を喪って」 長寿社会の悲劇 逆縁の哀しみ

週刊現代 プロフィール

「私は管理栄養士としてずっと働いてきました。60年間、患者さんのために尽くしてきたのに、自分の娘のときは何の役にも立たなかった。肺のレントゲン写真の3分の1が、がんの影で真っ白になっていたとき、加奈子は死期を悟ったんです。でも私たちは諦めきれなくてね。どこかに一縷の望みがないか、希望にすがりついていました。

亡くなって2年間はまったくダメでしたね。少しずつ前向きになりましたが、七回忌が終わった今も辛いときがあります。加奈子の姉と昔のことを話すときは、いつも涙が溢れてくるんです」

病死は、わが子が徐々に衰弱していく様をまざまざと見せつけられる。成長を間近で見守ってきた子供が、やせ細っていく過程。死を受け入れる心境に達した子に、親は一体どんな言葉をかければいいのか。看病をしている間、苦悩はつきまとう。そして、死後には、もっと何かしてあげられたのではないか、と後悔は尽きない。

'05年にマンガ家の中尊寺ゆつこさん(享年42)を亡くした母・藤原七生さん(78歳)も、今なお哀しみのなかにいる。

「娘の体調が悪くなったのは、'04年8月のことでした。腹痛で尋常でない苦しみ方だったので救急車を呼び、入院しました。手術が終わると、医師から『がんです』と告げられ、『翌年の桜が見られるか、わからないです』と言われたんです。やがて娘も自分の病気を知りました。手術は成功したのですが、全身に転移していて、入院しての抗がん剤治療に。娘の夫と一日交代で泊まりこんで看病しました。『私も頑張る。絶対に治してみせるから』と気丈に振る舞う一方、『したいことはみんなやったし、子供も2人産んだし、悔いはない』とも」

若かったために、がんの進行は早かった。中尊寺さんが亡くなったのは、入院してからわずか5ヵ月後のことだった。

「それなりの覚悟はできていました。だから、死の直後はそこまで哀しくなかったんです。でも、時間が経つと哀しみが深くなっていきます。もう二度と娘と話すことができない喪失感。やはり、人間は歳相応に順番に逝くべきですよね。長寿社会はいいことだと思いますが、なかには子に先立たれる苦しい思いをしている人もいるのです」

自分だけ残ってしまった…

家族は、社会との接点でもある。社会人として働く子供との会話は、老齢の親にとって、実社会の空気を感じる機会となる。その機会を永遠に失ったとしたら—。

3年前に45歳の息子を亡くした楠大次郎さん(仮名・75歳)のケース。

「息子は独身のまま、働き盛りの年齢で病魔に屈してしまいました。そのとき、私はすでに妻を亡くしていました。女性のほうが平均寿命は長いのですから、本来、私のほうが妻よりも、もちろん息子よりも先に逝くはずですよね。にもかかわらず、2人に先立たれた。こんな事態は想像もしていませんでした」

楠さんが妻を亡くしたのは、70歳のときのことだ。日常的に会話をする相手を失い、楠さんはうつ状態に陥った。