AI
機械は考えることができるか? 人間と人工知能の間に立ち続けてきた、映画『イミテーション・ゲーム』主人公アラン・チューリングの孤高
『デジタルは人間を奪うのか』〜その現在進行形

とめどなく進化を続けるデジタルテクノロジーは、われわれをどこに連れていくのか。デジタルは人間を奪うのか』(講談社現代新書)は、複雑になる一途の人間とデジタルの関係を突き詰める必要にかられて生まれた。本書にはたくさんの未来の推察が含まれているが、こうしている間にそれはどんどん現実のものとなっていく。

膨大な情報の恩恵を受けながら、情報に溺れる。人工知能がヒトの脳を超え、ロボットが多くの仕事を奪う。あらゆるモノがネットとつながり、車は自動運転になる。デジタルは脳や肉体に接近し、そして融合する。それらは人間に夢を与える革新でありながら、新たなリスクの種でもある。仮想 通貨や仮想国家が存在感を増し、現実と仮想の境界線を溶かす。デジタルは、人間、そしてこの世界の可能性を拡張し、同時に侵蝕してしまう力を持つ。

『デジタルは人間を奪うのか』において言及したことは、日々現実の事象となっている。そのトピックを取り上げ、ワンポイントの考察を加えていく。

小川和也(おがわ・かずや)
アントレプレナー、デジタルマーケティングディレクター、著述家。慶応義塾大学法学部卒業後、大手損害保険会社勤務を経て、2004年グランドデザイ ン&カンパニー株式会社を創業、代表取締役社長に就任。西武文理大学特命教授。数々のITベンチャービジネスの立ち上げや、デジタルマーケティングディレクターとして、大手企業や行政、アーティスト等の先端的デジタルマーケティング事例を数多くつくり続けている。著書、講演、メディア出演多数。ビジネスだけではなく、デジタルと人間や社会の関係の考察と言論活動を行なっている。日本で初めて同タイトルの概念をテーマとした著書『ソーシャルメディアマーケティング』(共著・ソフトバンククリエイティブ)などを執筆。最新刊は人間に大きな恩恵をもたらす一方で不思議な違和感をも生むデジタルの不気味さといかに向き合うべきかを説いた『デジタルは人間を奪うのか』(講談社現代新書)。

【Vol.4】人工知能の発展に欠かせない重要な基準を生み出した「コンピュータの父」アラン・チューリング

映画『イミテーション・ゲーム』(The Imitation Game)は、イギリスの天才数学者アラン・チューリング(1912~1954)が、第二次世界大戦中にエニグマ暗号の解読に取り組むストーリーを中心に展開していく。数々の映画祭でも高い評価を受けており、ご覧になった方も多いだろう。

主人公のアラン・チューリングは、拙著『デジタルは人間を奪うのか』(講談社現代新書)の中に登場したこともあり、僕もすっかりこの映画に引き込まれてしまった。

ここでは映画の詳細は割愛するが、約120分のストーリーの中にはいくつもの示唆があり、コンピュータサイエンス、数学、暗号論、哲学と、チューリングの多岐にわたる業績についても容易には語り尽くせない。

その中でも、チューリングが1936年に提案した「チューリングマシン」と呼ばれる計算に特化した仮想機械は特筆すべき功績だといえよう。チューリングマシンは現在のコンピュータの原理そのものであり、コンピュータのアーキテクチャの源泉となっている。

もっとも、チューリングはこの時点でコンピュータを発明しようとしていたわけではないが、一定の手順に従えば答えが求められるような計算は、理論上すべてチューリングマシンで実行できるといわれている。端的にいえば、チューリングこそが「コンピュータの父」なのだ。