読書人の雑誌『本』
日本には「国家」はあるが「社会」はない。「共に生きること」を実現すべく日本の未来に向けた希望の書---菊谷和宏・著『「社会」のない国、日本 ドレフュス事件・大逆事件と荷風の悲嘆』

“国”なき「国際交流」のために

(文・菊谷和宏)

彼女は一体何人なのだ? どんな特徴、どんな傾向をもつ外国人として接すれば交渉がまとまるのだ?

社会学部で育ち社会思想史を専門とする私が、勤務先の大学で思いがけず、畑違いのようなそうでもないような業務、「国際交流」にたずさわるようになって10年ほどになる。主な業務内容は交流協定締結交渉と締結後の運用だ。グローバル化したとされる今日、大学でなくとも企業の中で同種の業務を担っておられる方も多かろう。

私の最初の交渉相手は、チリに生まれアメリカで長く働いたのちフランスの大学で国際交流部門の長を務めるドイツ系の女性だった。

なんとも複雑なバックグラウンドをもつ彼女と、互いの母語ではないフランス語で交渉し、互いの母語ではない英文の協定書を検討・作成しながら、日本人とは異なる相手の傾向を探ろうとした。明確な発言だけでなく、細かな仕草や微妙な表情の変化、無意識のつぶやきをも逃さず捉えて、彼我の国民性の違いを理解し、交渉を有利に進めようと神経を研ぎ澄ました。

しかし、それは無意味だった。実際のところ彼女は、アメリカ人でもフランス人でもドイツ人でもなく、チリ人でさえなかった。彼女は「共に生きる人間」だった。双方の大学の学生や教職員に広い世界と接する機会をどうにか与えようと努力する、その意味でとても“社会的”な人間だった。

彼女は言っていた。「子どものころから『世界をつなぐ』仕事をしたいと思っていました」と。「『人間は皆同じく人間』ではありません。私の経験ではまったく逆で、世界の人々はあまりにも多様で異質です。でも、この同じ社会に生きているし、ここで生きざるをえないのです」と。

彼女との交渉はもはや“国”際交流ではなかった。相手を共にこの世界に生きる人間として認めたとき、誠実さが生まれ、互いが納得できる協定が成立した。駆け引きや交渉術の出番はなく、むしろそれらは無駄な、非合理なものとなった。

今回上梓した『「社会」のない国、日本―ドレフュス事件・大逆事件と荷風の悲嘆』(講談社選書メチエ)は、19~20世紀のフランスと日本を舞台とし、デュルケーム、ゾラ、幸徳秋水、永井荷風らの言説を導きの糸として、「社会」と「国」と「共同体(家族、地域など)」の入り組んだ関係を解き明かした書物である。

そこでは、今日広く知られる必要があるにもかかわらずあまりに知られていない事実、ドレフュス事件と大逆事件―共に国家による冤罪事件―が取り上げられ、国と社会との関係が歴史的事実としてどのようなものであったかが語られる。

その結果、国と社会とはまったく別種の集団であること、そして日本に社会は過去にも現在にも存在していないという非常識な現実が暴き出される。
 前著『「社会」の誕生―トクヴィル、デュルケーム、ベルクソンの社会思想史』(講談社選書メチエ、2011年)で詳述した通り、「社会」は当たり前に存在するものではない。それは意志されて生まれたものだ。「国」もまた当たり前の存在ではない。それは他でもありうる一つの「形」だ。両者の統合原理は質的に異なる。日本社会と日本国はまったくの別物なのだ。