読書人の雑誌『本』
認知症を「救い」という新しい視点で見直した画期的なルポ---野村進・著『解放老人 認知症の豊かな体験世界』

『解放老人』と救い

(文・野村進)

ノンフィクションを書くようになって、かれこれ30数年になる。
50代に入ってからというもの、なぜか「偶然の一致」と呼ぶには不思議すぎる出来事に、以前よりも明らかにしばしば遭遇するようになった。
たとえば、「田中さん」という、ごく一般的な姓を持つ年輩の男性に取材でお目にかかったら、

「いや、びっくりしましたよ」

と、のっけからそう言われる。

「親父も『野村進』なんです」

えっ、どういうことなのか。

「いえね、うちの親父は田中家に入った婿養子で、もとの姓は『野村』で、名が『進』っていうんです」

今度は、こちらがびっくりする番である。

「だから、野村さんから取材の依頼があったとき、これは受けなきゃ、死んだ親父に申し訳ないなと思ったの(笑)」

この偶然の一致は、確率的にどれくらいの割合で起こりうるものであろうか。
私の本名が「舞城王太郎」だったら、まず絶対にありえない話だ(あたりまえだ)。ともあれ私は、これまで同姓同名の他人に出くわしたことが一度もない。

同様の奇妙な偶然の一致を、このたび上梓した『解放老人 認知症の豊かな体験世界』の取材開始直後にも経験した。

いまから五年前の2010年(平成22年)春に、山形県南陽市にある精神科病院の通称「重度認知症治療病棟」を訪ねたおりのことだ。私は十数年前、この病棟が「重度痴呆症病棟」と呼ばれていたころにも短時間の見学でおとずれたことがあり、それ以来の二度目の訪問であった。

看護部長の案内で、病棟のナース・ステーションに足を踏み入れた途端、私は一瞬はっとした。
大きなデスクに、入院患者のカルテが無造作に積み重ねてある。その一番上のカルテを何げなく見たとき、女性の患者さんの名前の下に書かれた生年月日が目に飛び込んできたのだ。
「大正10年3月25日」―。なんと、私の、やはり認知症をわずらっている母の生年月日と完全に一致しているではないか。

つまり、母とまったく同じ日に生まれた同病の患者さんがここには入院しており、そのお年寄りのカルテが私の目に最もとまりやすい位置に置かれていたことになる。この蓋然性も相当に低い数字であるにちがいない。

「それ、シンクロニシティーっていうやつですよね」

こういった類の話をすると、よくそんな答えが返ってくる。
言うまでもなく、「共時性」と訳されているユング心理学の用語で、早い話が、一見無関係なもの同士でも意識下の地下茎のようなネットワークでつながっており、実は出会うべくして出会っているのだという見方である。

とするなら、私が取材先として、この重度認知症治療病棟を選ぶ前に、何らかの見えない力によって、そうした取り計らいがしかるべくなされていたということなのか。
かくして、私は導かれるように、そのカルテのお年寄りと邂逅する。驚いたことに、彼女は外見や気質ばかりではなく半生までが母にそっくりで、私は彼女を通じて、むしろ母を深く知るようになっていく。