宮嶋茂樹 第4回
「南極があんなに辛いところだと知っていたら絶対に行かなかったです」

撮影:立木義浩

第3回はこちらをご覧ください。

宮嶋 わたしが学生のときに、立木先生の『マイ・アメリカ』が、野町和嘉さんの『バハル』が集英社から出たんですが、どちらも衝撃的な写真集でした。とくに立木先生の男性ストリップの写真にはぶっ飛びました。

シマジ あの男性ストリップの現場にはわたしもいたんですよ。

立木 その話は何度もしているから省略しよう。ともかく、あの頃はアメリカに元気があっておもしろい時代だったということだね。

シマジ 野町さんはその後『メッカ巡礼』を撮るために仏教からイスラム教に改宗までしてカーバ神殿に潜入したんだから、凄いよね。

ヒノ 最近はデジタルが主流ですから、ああいうヌメッとした質感の、フィルムならではの写真が少なくなってきましたね。

宮嶋 コダックも規模を大幅に縮小してしまいましたからね。

立木 宮嶋は危ないところに行くから、フィルムの時代は大変だったろう。

宮嶋 ええ、まあ。でも当時はそれが当たり前でしたからね。200本ぐらいフィルムを持って行きましたね。みんなエマルジョン番号を合わせて買っていました。

立木 その昔、おれがガキのころはEA04ナンバーというフィルムがそれはそれは貴重なもので、秋山庄太郎さんと電通しか持っていなかったんだよ。よく電通の先輩に頭を下げてもらいに行ったもんだ。

日本人のモデルは肌色の種類が多いから大変だったんだよ。その点、小澤征爾さんの嫁さんになった入江美樹を撮ったときは楽チンだったね。彼女の抜けるような白い肌はノーフィルターでOKだった。