読書人の雑誌『本』
21世紀、科学が「実体のないもの」から「手触りできる」世界へと戻ってきた!科学と人間の物語をテーマにその普遍を描く---荒俣宏・著『サイエンス異人伝』

科学者の奮闘の歴史をたどる

(文・荒俣宏)

このたび、一般向け科学書の宝庫といわれる講談社ブルーバックスに拙著『サイエンス異人伝』が収録された。著者として今も記憶に残るほど長い海外取材を行った成果でもあり、本書がふたたび陽の目を見る機会を得たついでに、この本の成り立ちをすこしだけお話ししておきたい。

そもそも本書は1995年11月に『夢の痕跡―20世紀科学のワンダーランドに遊ぶ』と題して刊行された。1995年といえば20世紀末にあたり、まだ21世紀の社会が科学をどのように活用すればいいか分からない情況にあった。

たまたまウィンドウズ95が発売され、インターネットがようやく日本人にも身近なものとなった年でもある。じつは私は本書の刊行を機にインターネットの世界に参入し、2000年には政府主催の「インターネット博覧会」の編集長を糸井重里さんとともに引き受けることになった。科学史を感覚として感じてもらいたいとの希望は、うれしいことに、現実の社会にもその場を移していったのである。

また、本書のための海外取材の途中、たまたまスタンフォード大学やMITなどアメリカIT開発の現場を眺めた体験が役立った。ネット社会がどうなるのかなど、日本にいては想像もつかなかった時期であり、宇宙旅行にしても、当時はまだ国家機密の対象であって、民間人が自由に宇宙に行けるなどということは夢のまた夢であった。

しかし私は本書を刊行したおかげで科学への違和感を克服できたため、民間人向けの無重力飛行が開催されるようになると、アメリカ、ラスヴェガスに飛んで、ホーキング博士が体験したという同じ会社の主催する無重力体験飛行に参加した。それはパラボラ飛行という、ジェット機を活用したアトラクションに過ぎなかったが、合計約5分ほどの無重力(正確には無重量)体験は世界観を変えた。そのような挑戦に積極的に参加するようになったのは、まさしく本書のおかげであった。

本書を執筆する直接のきっかけになったのは、科学雑誌『クォーク』に19―20世紀科学史を連載する話が持ちこまれたことであった。今は亡き名書評家・倉本四郎さんと一緒に、ドイツ科学の殿堂「ドイツ博物館」を一週間にわたり遊びまわった。ほんとうに興奮して叫びまくったといえる。なぜなら、そこに展示されていた「科学」は、どれにも実体があり、重みや手触りがあったからだった。「鉄の匂い」ともいうべき重工業の力強さといえばいいのか。倉本さんはそこに、中世の錬金術を嗅ぎあて、ドイツ科学の基礎には「地下と精神と鉱物」があると直観された。

ところが20世紀にはいり、電気から電波、さらにエレクトロニクスへと発展していくうちに、「実体」が消え、科学を「手や感覚で味わう」ことができなくなった。素人が感動しにくくなるのだ。その違和感は20世紀の進行とともに著しくなる。コンピュータも初期はプログラマーとなるだけで何回もの研修会に参加しなければならなかった。つまり、科学は日常のことばではおもしろさを語れなくなってしまったのである。

そこで本書の親本は、見えにくくなった現代科学を「素人にも理解できる」物語にすることを目標とした。こうして、機械と人物から成る科学の物語ができあがったのである。

ところが本書刊行のあと21世紀になって、事態は一変した。「科学家電」と呼ぶべきパソコンやスマホの登場により、ふたたび科学が「手触り」の世界に戻ってきたからである。小学生でも直観的に使用できるIT製品が「科学」の具体物になったのが大きく、最近にいたっては、スティーブ・ジョブズのようなパソコン開発者の人間性までが、物語として語られるようになった。科学がふたたび人間と機械とを通して語れる。

未来の科学はもはやSFではなく、発売日が発表された新製品を待つようにして日常的に語られる。その意味で、現代科学をできるだけ具体物とその発明者の伝記から読み解こうとした本書は、20年前よりもおもしろく読んでいただける可能性を増したかもしれない。

科学書は、通常、古くなれば読む価値がなくなるが、本書のようにあらかじめヒストリーでなくストーリーに仕立てたものはどうだろう。手前みそだが、私は再読してみて、科学と人間の物語はそのテーマにおいて普遍的だと実感した。むかしの科学者の話は、今の科学者の話でもある。そんな思いから、本書をさらに分かりやすく『サイエンス異人伝』と改題したうえで、新しい読者にお届けすることにした。

(あらまた・ひろし 博物学者)
講談社 読書人の雑誌「本」2015年4月号より

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荒俣 宏(あらまた・ひろし)
1947年生まれ。日本の博物学者・図像学研究家・小説家・収集家・神秘学者・妖怪評論家・翻訳家・タレント。玉川大学客員教授。武蔵野美術大学客員教授。サイバー大学客員教授。日本SF作家クラブ会員。世界妖怪協会会員。

荒俣宏・著
『サイエンス異人伝 科学が残した「夢の痕跡」』

講談社ブルーバックス 税別価格:1,280円

かつて、電気から電波、エレクトロニクスへと発展していくにつれて消え去った「実体」が、21世紀になって、「科学家電」と呼ぶべきスマホなどの登場でよみがえり、科学が「手触り」の世界に戻ってきた。科学がふたたび人間と機械を通して語られ、未来の科学はもはやSFではなくなった。20世紀に突如として現れた発明品と発明者の伝記を読み解くことで、いままた現代科学が「素人にも理解できる」機械と人間からなる実体(リアル)へと変わる。

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