「歴史と伝統」を超えて―オックスフォードの大学運営から何を学ぶか―

2015年03月24日(火) オックスブリッジ卒業生100人委員会
サラマンカ大学。美しいキャンパスに伝統の重みを見るか、盛者必衰の理を見るかPhoto credit: Lawrence OP, Creative Commons

競争に勝ち残る

サラマンカ大学をご存じだろうか? マドリッドから西におよそ200キロ。オックスブリッジに勝らずとも劣らない歴史と伝統を誇るスペイン最古の大学である。征服者エルナン・コルテスや神学者フランシスコ・スアレスといった世界史上の人物を数多く輩出し、中世の香り漂うキャンパスは目を見張るほどの美しさである。

しかしサラマンカ大学に留学を望む学生は、世界を見回してもあまり多くはないだろう。同じことは、シエナ大学(イタリア)やコインブラ大学(ポルトガル)などにも当てはまる。700~800年の歴史を誇るこれらヨーロッパの諸大学は、創立300年にも満たないプリンストン大学やロンドン大学はおろか、二十世紀に新設されたシンガポール国立大学、香港大学、カリフォルニア大学ロサンジェルス校(UCLA)などにも大きく水をあけられている。

このことから分かるのは、「歴史と伝統」は大学にとって付加価値でしかないということだ。厳かなダイニング・ホールや風変わりな慣習といったオックスブリッジの美的・文化的側面に魅力があったとしても、それらは大学の強みの充分条件でも必要条件でもない。大学の価値を決めるのは、あくまでも研究と教育の質である。

もしオックスブリッジにサラマンカやシエナにはない魅力があるとすれば、その核心は世界最高位を譲らない決意と、その意志を体現する制度、そして制度を可能にする強い財政基盤と、財源を有効に活かすリーダーシップにこそある。月並みの言い方ではあるが、時代の要請に応じた改革を怠っては、競争に勝ち残ることはできないのである。

二十世紀後半の大学改革

この意味でのオックスブリッジの魅力の例として、私の身近にあるエピソードを二つご紹介したい。一つ目は、私が所属するオックスフォード大学ウォルフソン・カレッジの話である。

1963年、イギリスの高等教育の現状を評価し、将来を展望するロビンズ・レポートがイギリス議会に報告された。オックスブリッジの制度はそこで「時代遅れ」と厳しく批判され、両大学の執行機関も対応を迫られることとなった。

オックスフォードで喫緊の課題となったのは、以下の二点である。第一に、自然科学の研究と教育。人文学者が長く覇権を握ってきたオックスフォードでは、二十世紀半ばに至っても自然科学者の冷遇が続いていた。しかしロビンズ・レポートが書かれた1960年代、科学技術の重要性に疑いの余地はなく、オックスフォードはバランスの取れた体制作りを求められたのである。

もう一つの課題は大学院教育である。イギリスの大学での修士以上の学位取得者数は、1950年に2,410人、1960年に3,273人、1970年には12,901人と、増加の一途を辿っていた。しかし学部教育に専心してきたオックスフォードでは、急増する大学院生を満足に受け入れる準備ができておらず、ここでも改革を求められることとなった。

こうした要請に応え、自然科学に重きを置いた大学院カレッジとして1965年に新設されたのが、ウォルフソン・カレッジである。その後、社会科学の発展に合わせ文理比率を約半々とし、現在ではオックスフォード最大の大学院カレッジに成長している。

ここで、初代学寮長のアイザィア・バーリンが、当時オックスフォードが直面していた問題を「サラマンカ・リスク」と呼んでいた点に注目しよう。改革を怠れば、オックスフォードも「かつて栄華を誇った大学」として、サラマンカのように沈みかねないという警句である。

イギリスは二つの世界大戦で疲弊し、二十世紀を通じて世界帝国としての地位を失った。国家の衰退にも関わらずオックスブリッジが指導的地位を維持してきたのは、ひとえに大学の運営者たちが「サラマンカ・リスク」を回避し続けてきたからである。しかし、両大学が今世紀中に没落しない保証はない。オックスフォードのフェローたちは皆、潤沢な資金を誇るアメリカの諸大学をいつも牽制しながら仕事に取り組んでいるのである。




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