野球
二宮清純「江川卓、伝説の奪三振ショー」

女性誌でも特集された怪物

 センバツの最多奪三振記録は、作新学院(栃木)時代の江川卓さんが1973年に記録した60。41年間も破られていないわけですから、甲子園のアンタッチャッブルレコードのひとつと言っていいかもしれません。

 内訳は初戦の北陽(大阪)戦で19、2戦目の小倉南(福岡)戦で10、準々決勝の今治西(愛媛)戦で20、敗れた準決勝の広島商戦で11。奪三振率16.36。これは驚異的な数字です。

 江川さんは3年の夏にも甲子園にやってきましたが、センバツとは別人のようでした。少なくとも私が見た中で、高校野球史上最強のピッチャーは3年春の江川さんです。バットが当たっただけでスタンドから拍手が起きたピッチャーを、私は他に知りません。

 江川さんについては、高校1年の頃から知っていましたが、なにしろインターネットなどない時代です。どれだけ速いボールを投げるのか、確認のしようがありません。

 今でも覚えているのは『セブンティーン』という女性誌の特集です。江川さんは「好きなタレント」として小柳ルミ子さんをあげていました。野球とは縁もゆかりもない女性誌が特集するほど、江川さんは突き抜けた存在だったのです。

 度肝を抜かれたのは初戦の北陽戦。江川さんは大会初日の第1試合で優勝候補相手に19三振を奪ったのです。

 北陽は出場30校中トップの打率3割3分6厘を誇る強打のチームで、西の横綱と目されていました。そのチームを歯牙にもかけなかったわけですから、驚かずにはいられません。

 さらに言えば、19三振を奪ったあとで、江川さんは「今日は本調子じゃなかった」と“本音”を口にしたのです。本調子だったら、どれだけスゴイのか……。江川さんに冠せられた“関東の怪物”という異名を実感した瞬間でした。

 圧巻は準々決勝の今治西戦です。江川さんは20三振を奪い、完封勝ちを収めました。秋の四国大会を制した優勝候補の一角が一矢も報いることができなかったのです。