横山禎徳【第2回】前川國男に教わった仕事への姿勢---「仕事がないときは、腕組みして待っているんだよ」
慎泰俊氏と横山禎徳氏

第1回はこちらからご覧ください。

プロフェッショナルの境界が曖昧な現代

横山禎徳: 19世紀にプロフェッショナルの定義をしたという話をしましたが、それは個人としてのプロフェッショナルのことなんです。「あなたが」プロフェッショナルかどうかという議論なんです。ところが、20世紀に入っていろんな活動分野や必要な能力が広がり始めたんですね。

慎泰俊: 例えばどんなことですか?

横山: 弁護士だって1人、あるいは数人のパートナーシップでやるという時代は終わり、巨大弁護士事務所ができました。そうすると、組織としてのプロフェッショナルをどう定義するのか、という議論が出てきますよね。組織としてのプロフェッショナルというのは、19世紀的な定義にプラスアルファの要素がいくつか必要です。なぜなら、組織の中にはいろいろな専門的役割の人がいるから。

マッキンゼーにおいて、大昔は「コンサルタントは神様と思え」と秘書や事務方のサポート・スタッフに言っていたわけです。当時のサポート・スタッフは大半女性でした。ところが、そのうちに女性のコンサルタントが入ってくるようになった。男性だけのときは、女性はサポート役という感じだったけれど、サポート・スタッフも「彼女たちと私たちは何が違うんだろうか、われわれもプロフェッショナルな気持ちでやっているんだ」となってきた。だから「プロフェッショナル・スタッフとサポート・スタッフという分け方はおかしいんじゃないか」ということを言い始めたわけです。それでマッキンゼーは、クライアント・サービス・スタッフ(CSS)とクライアント・サービス・サポート・スタッフ(CSSS)というふうに変えて、プロフェッショナルという言葉を消したんです。

だから、今は、プロフェッショナル意識と、学問的体系に基づいた高度技能との関係も定義し直さなければいけないし、組織の中にはグラデーションがあって、昔ながらのプロフェッショナルと呼ぶべきものから必ずしもそうでないものまでいろいろな人がいるんだ、と。それを全体的に何と呼ぶのかというのはすごく難しいわけですよ。

プロフェッショナルかどうかは気にしなくていい

横山: それともう一つは、私は建築家出身なんですが、建築家はプロフェッショナルかどうか、私が大学生の頃に建築家の職能について議論があったわけです。それから30年くらい経って日本建築家協会の大会にパネリストとして呼ばれて話をしたんだけど、そのときのテーマが「建築家の職能について」ということで、プロフェッショナルなのかどうかというものでした。

そこで私はこう言いました。「私が学生の頃にプロフェッショナルかどうなのかという議論があって、それから30年も経ってまだそれを議論しているってことは、多分、建築家はプロフェッショナルじゃないんですよ」と(笑)。そうすると、「じゃあ、建築家は何なんですか?」という話になるでしょう。

ちょうどその頃、村松友視が『私、プロレスの味方です』という本を書いていて、そこで「プロレスはショーなのかスポーツなのか」という議論に対して彼は答えを出していたわけです。皆さんご存じないだろうけど、力道山の時代というのはみんな熱中してテレビを見ていたんだけど、午後9時なるとに試合がちゃんと終わるんですよ。日本テレビのディレクターがあと残り5分になるとこうやって手を振るんだって。それを見て力道山が急に元気になって空手チョップを連発して相手を打ちのめして見事に終わっちゃう(笑)。

「プロレスはショーだとかそうじゃない」とか、あれかこれかじゃなくて、ショーでもありスポーツでもあって分けられないんですよ。だから彼の結論は「プロレスはプロレスです」というもので、それと同じように、建築家がプロフェッショナルかどうかなんて言っていても始まらないんですよ。