ブルーバックス
『サイエンス異人伝』
科学が残した「夢の痕跡」
荒俣 宏=著

メニューページはこちら

20世紀科学の祭典にようこそ!
過剰な刺激を欲し続ける現代人にとって
20世紀科学の発明・発見の舞台裏こそ
リアリティを体感できる大人の遊園地だ。
科学者の奮闘の歴史をたどる。

 かつて、電気から電波、エレクトロニクスへと発展していくにつれ消え去った「実体」が、21世紀になって、「科学家電」と呼ぶべきスマートフォンなどの登場でよみがえり、科学が「手触り」の世界に戻ってきた。
 科学がふたたび人間と機械を通して語られ、未来の科学はもはやSFではなくなった。
 20世紀に突如として現れた発明品と発明者の伝記を読み解くことで、いままた現代科学が「素人にも理解できる」機械と人物からなる実体(リアル)へと変わる。


イントロダクション──ドラマのようにおもしろい科学史を語りたい

 本書は、近代科学を物語として語ることをめざしている。

 科学という作業は、たしかに厳密な証明や厳密な推論から成り立っているけれど、しかし科学それ自体は、ひとがおこなう行為の一つといえる。ひとがすることであるから、もちろん、思い込みもあれば勘違いもあり、また欲望やら陰謀やらも織り込まれている。つまり、完全なドラマといえるような歴史を積み上げてきた。

 最近の例でいうなら、STAP細胞は典型的なできごとだった。私がかんがえるには、あの細胞はまだ「未検証」の段階であり、科学的証明を完全に果たしていないものである。ところが、これにさまざまな関係者のドラマが絡んでくると、もはや単なる科学の対象ではなくなって、社会的事件の方向にずれていく。これは、一面では科学論争から遠く離れたスキャンダルの様相を呈するのだが、しかしひとの行為や思い入れとしては、日本の科学史に大きな問題提起をしたともいえる。とくに、これまでは楽園とさえいわれた理化学研究所(理研)の実情が表に出たという意味では、重要なドラマだった。科学というよりも、社会的に大きな影響を及ぼしたできごととなった。

 じつは、科学の話といえども、その内情はたいへんに人間的なドラマの連続なのだ。本書は、そのような科学の歴史の人間部分に光をあてる。けっしてスキャンダルをあげつらうのではなく、科学にすら避けがたかった「非合理的な人間ドラマ」を通して、社会と影響しあった科学の裏面を紹介することに集中したい。

 かねてより二十世紀という時代の痕こん跡せきを、科学と産業技術の面からあとづけたいと熱望していた私にとって、必要なのは、科学史そのものではなく、人間化されドラマ仕立てになった科学の見世物面であった。楽天的でしかも驚異にみちた、科学の興行的な面が知りたかったのである。なぜならば、私たちに何かを欲求させるきっかけになるのは、単純な感情の高揚だからだ。便利さも楽しさも豪華さもぜいたくさも、何もかも手にいれてしまった二十一世紀の子らにとって、残る愉しみは、心が震えるような「驚異」しかないのだ。