雑誌 企業・経営
東邦テナックス 吉野隆社長「事業は、種を蒔く人、水をやる人、収穫をする人、それぞれが別の場合がある。収穫の喜びを味わうのは、私でなくていいんです」

航空機、宇宙開発分野からゴルフクラブまで、様々な場面で活用される「炭素繊維」。この市場の中でも世界を代表する規模のメーカーが東邦テナックス。帝人グループの有望株として期待を集めている。率いるのは吉野隆社長(63歳)だ。

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よしの・たかし/'52年、大分県生まれ。'74年に九州大学工学部を卒業し、帝人へ入社。'98年のシステム事業企画管理部長就任を皮切りに、インフォコム社長や帝人グループ執行役員を歴任。'12年に炭素繊維・複合材料事業本部長補佐として現在の事業に携わり、'14年4月より現職。中国、インドなど、同社の世界進出を積極的に進める ※東邦ナックスのwebサイトはこちら

炭素の力

世界で一番硬い物質はダイヤモンド。100%純粋な炭素です。しかしダイヤモンドは曲げることができないため、炭素に様々な物質を混ぜ、ダイヤモンドに近い強度でありながら、曲げるなどの加工ができる素材をつくっています。これが「炭素繊維」。身近なものではゴルフクラブや釣り竿などに、大規模なものでは、橋脚に巻き付けて耐震性を向上させる目的などで使われています。弊社は皆さんの生活に身近なものだけでなく、インフラの整備にも貢献できます。

描く未来

「軽量化のスパイラル」という言葉をご存じでしょうか? 炭素繊維は、従来の金属素材などに比べ、圧倒的に軽く強い。仮に車のボディに炭素繊維が使われれば、軽量化できるからエンジンが(小排気量で済むので)小型化され、この影響で車体を支えるスプリングもタイヤも小型化でき・・・・・・と、全体が軽量化されていくのです。現在はまだ、炭素繊維を安価で量産することが難しいため自動車に採用されている例は少ないのですが、将来、鉄道などにも採用されれば、さらなる低燃費化に貢献できるでしょう。

脳みそ

大学生時代の成績は、ビリから2番目。でも、一番成績が悪かった仲間が、いま、大手建設機械メーカーの専務になっています。お互い、学校で脳みそを使っていなかったのがよかったのかもしれません(笑)。

強い! 「鉄の4分の1の重さで鉄の10倍強い」など、炭素繊維の性能を記者などに向け説明。写真左でスクリーンに顔を向け、解説しているのが吉野氏

面接

新卒で帝人へ入社した理由は「教授の推薦をいただいたから」です。当時は大学を卒業したらとにかく食っていくために自立するのが当然、という常識があって、私も同感し、これに従いました。面接で「なぜ弊社を志望したのですか?」と聞かれ、非常に困った覚えがありますね(笑)。

逆に今、面接をする側として気をつけているのは「本音を引き出すこと」。

最終面接にもなると学生は慣れているから立て板に水で話しますが、私は「また決まりきった話を準備してきたなぁ」と思うだけです。私はあえて面接官側の中心に座らず、学生の横に座ります。すると学生が(この人は中心にいるべき人ではないのかな、と)油断して、ふと本音を見せるんです(笑)。

私の判断基準は正直かどうか。例えば何を聞いても「知ってます」などと、自分の実力以上に振る舞おうとする学生を見ると残念に思います。なぜなら、技術者で、実力以上の振る舞いをしようとする人間は、だいたいどこかで会社にケガをさせる(ほどの大きな失敗をする)からです。

私の判断基準は正直かどうか。

多面性

米国へ6年ほど駐在した時、子どもが通った学校で歴史を懇切丁寧に教えていることに驚きました。なかでも、多様な見方を伝えていることが興味深かった。例えば米国の独立戦争に関しても、様々な側面を教えるから、皆が同じ感想を抱くことはない。歴史の見方は多面性があるほうが健康的なのだと思うのです。逆に多面性が認められない教育を受けると、ネットで読んだ偏った歴史観などに付和雷同してしまうのでしょう。

英語 米国駐在時代の一枚。中列左から2番目が吉野氏。必死に話すうち、九州弁なまりの英語が身に付いたという

飛躍

帝人の面白いところは、鈴木商店(昭和初期まで存在した日本の財閥。三菱のように様々な事業を興し、現在に伝えた)のDNAが残っているのか、一つの事業に固執しないところです。現在、帝人の稼ぎ頭は医薬です。創薬の業界で有名だった方を採用して始めたもので、当時は研究所も営業部隊もありませんでした。「今持っている技術をベースに」と考えて事業領域を決めていたら、帝人の医薬事業はなかったかもしれません。じつは弊社もM&Aで帝人グループに入っています。飛躍に対して、恐れがないのです。同時に、ビジネスの領域が変わっても、それを受け入れるフレキシビリティがDNAとして受け継がれているのかもしれない、と思うのです。

建物

仕事は「土台」が大事だと思っています。ソフトウエアの開発をし、納品したあと不具合があり、数ヵ月間、原因追究に費やしたことがありました。お客様が想定外の使い方をされてはいたのですが、これに対応できなかったことには原因があった。(パソコンで言えば、ソフトが悪いのではなく、OSが悪いことと同様に)元々の土台が悪かったのです。しっかりしていない土台に、立派そうな建物を建てても意味はない。人生と同じです。

役割

仕事人生に悔いはありません。曲がりなりにも、食えたら幸せじゃないですか(笑)。だから、辞めた時に感謝されたらうれしいとは思いますが、いま、感謝されることなど必要としていません。現在の弊社は(炭素繊維を世に広める)土台作りの時期。事業って、種を蒔く人、水をやる人、収穫をする人、それぞれが別の場合があるんです。私も収穫の喜びを味わいたいとは思いますが、それは別の人でいい。だから今は、炭素繊維をどのような場所で使い事業を伸ばすかということだけを考えています。

未来へ

ちなみに炭素繊維は、糸状にしたあと、約2500℃で焼き固め、そのあとで織って布状にし、最後、樹脂とともに成形します。この炉は弊社の三島事業所などにありますが、これだけの高温にできる炉は特定のメーカーのものしか存在せず、技術は経産省の努力により保護され、絶対に他国などへ流出しないよう管理されています。糸ができあがってくる速度は、1時間に2~3㎞と、人が歩くより遅い。将来的には、炭素繊維に電気を流し、炭素繊維自体の抵抗で発熱させるなど、大量生産へ向け、さらなる研究が続けられてもいますのでご期待下さい。

(取材・文/夏目幸明)
『週刊現代』2015年3月7日号より

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日本一、社長の取材をしている記者・夏目幸明の取材後記

トップには、歴史観を持つ人物が多い。
帝人も、そんなトップに率いられて木のだろう。1918年に「帝国人造絹絲株式会社」として設立されて以降、合成繊維、ナイロンの事業から、医薬品、炭素繊維へと業務内容を拡大、設立約100年の激動を生き抜いてきた。

同様に、業務内容を「いつも変わる」と考えている企業はいくつもある。取材した中では、ミシンの製造に始まり、プリンター、カラオケから、医療業界で使われるウエアラブルディスプレーの市場にまで進出しているブラザー工業、プロバイダーから始まり、インターネット経由の放送事業に進出したNTTぷららなどだ。

今後の隆盛が見込める事業に進出し、注力する、この「10年後、50年後を見据えた事業をする」には歴史観が必要なのだろう。


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