わが子をオックスブリッジに留学させたい? 子どもの可能性と現実、「Quality of Life」を考えて

親として振り返るオックスブリッジ体験Ⅱ
オックスブリッジ卒業生100人委員会

わが子の海外留学について考える

【その1:留学の意味】

自分や友人・知人の経験を踏まえた上で、わが子を留学させたいか。

答えは明快だ。意欲・能力・適性や、機会と経済的裏づけがあるなら留学させたいし、留学にチャレンジしてほしい。なぜか。(伝統的日本企業の人材育成方針のようだが)短期の実利的効用より、中長期の人格形成や生涯にわたるQuality of Lifeの向上に資するとの期待が大きいからだ。では留学は早ければ早いほど良いか。30代で留学し気力・体力不足を痛感した経験を踏まえると、20代までに留学するほうが望ましいと思う。それを決めるのは、おそらく留学にどんな「意味」を見出すかだろう。

留学の「意味」は人それぞれ。日本で生まれ海外経験もない人が、一念発起し留学を目指す場合、特定分野の知識・技能修得など強い目的意識や向上心が原動力になるだろう。留学自体、多大な手間と労力、時間やコストを要するので、生半可な心構えで「可能性」を「現実」に転化するのは困難だ。世界から集うケンブリッジ留学生の多くは、キャリアと収入を一旦断ち切り、相応の労力とコストをかけ決意と覚悟を胸に留学に臨んでいた。

留学すると決断したら、どの言語圏のどの国か、何を学ぶか、学部か大学院か、人生設計やキャリア上どう位置づけ、何歳で留学するか、準備をいつ始め、資金はどう手当てするかなど、検討すべき課題も盛りだくさん。そこに唯一の「正解」はなく、自ら信じる留学の「意味」を実現すべく、自己の責任と覚悟で「選択」するよりほかない。ただ、それぞれ「意味」を考える際に忘れて欲しくないのは、留学後十年・二十年を経て一体何が残るのか、そんな中長期の視点だ。

Darwin College。進化論のダーウィンを記念し、子孫の居宅跡にTrinity Collegeなどが1964年共同設立した初の大学院生カレッジ。裏庭を流れるのは、Cambridgeの由来となるRiver Camの支流。

【その2:留学検討の留意点 学部か大学院か】

子どもの留学を検討する際、留意すべき点は何だろう。子どもが若く、多くの可能性があり将来を決めかねる段階では、後年の学問・キャリア上の選択肢を増やせる道を意識的に進むことが賢明だろう。選択肢はときに順番やタイミングが重要で、二者択一を迫られる局面もある。その際ポイントとなる判断基準は、将来像が固まらない段階では、後戻りできる(可逆的)か否か。「警官は泥棒になれるが、泥棒は警官になれない」という言葉がある。ある選択が別の可能性を消し、取り返しがつかなくなるリスクは、確かに存在する。留学も同様、様々な角度で検討しリスクを見極め適切にガイドしてあげるのは、親の役割だと思う。分かりやすい例として、学部留学か大学院留学かの選択をとり上げたい。

知人が、英国初等・中等教育は、算数で1+2=●でなく、△+□=3を考える(正解でなく、思考プロセスや問題自体を考える)教育、ノートは鉛筆でなく万年筆を使う(間違いを消さず、失敗を恐れぬチャレンジを促がす)教育だと説明してくれた。

これを聞いて海外教育に魅力を感じ、初等・中等段階からわが子を留学させたい親御さんもいるかもしれない。伝統的日本型社会システムで古典的立身出世ではなく、グローバルなキャリア・パスで成功させたいなら、初等・中等段階から準備し学部留学させるのも、一つの選択肢だろう。昨今、日本でも一部企業が英語公用語化の動きを見せ、政府も2020年までに小学3年から英語教育を実施すべく学習指導要領改訂を図ると報じられるなど、グローバル化は不可逆的な流れで、留学や語学は若いうちから始めるべき、との意見も一理ある。

学部留学と大学院留学は、何が違うのか。将来グローバルな世界で活躍できる基盤作りを期待するなら、どちらも実現可能だろう。国連など国際機関、外資系企業本国拠点など国外に舞台を求め、若いうちからコスモポリタン的な活躍を目指すなら、学部留学を経験するほうが早道かもしれない。

他方、MBA留学後、外資系企業などへ転身を図った旧友たちの実例も数多い。より本質的な違いは何か。学部留学は、現地で生まれ育った若者たちと、人格形成や文化的基礎固め真っ最中の多感な時期に、留学先の国や文化に「どっぷり浸かり」、その国や文化を「まるごと学ぶ」。大学院留学は、日本で高等教育まで学び、ときに社会人経験も積んで、日本で文化的な基礎固めをしたうえで、留学先国や世界から集まる多様な文化・価値観に「客観的に触れる」。二つは同じ「留学」でも、若者の人格形成に及ぼす影響は異なる。一方を選べばもう一方には後戻りできない(不可逆的)関係なのも要留意だ。選択を誤っても、やり直しはきかない。

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