学歴より学力、語学力より話題力。ケンブリッジでの学びから得た3つの子育て方針
親として振り返るオックスブリッジ体験Ⅰ
ケンブリッジは市街を南北に流れるケム川を中心に豊かな緑と歴史的な建物が調和されている大学都市。By Dan McCarthy

15年以上も前のケンブリッジ生活を振り返ると最初に思い出すのが、学年末試験(トライポス)前なのに十分に準備していない恐怖。それが怖くて、信じられないほど勉強したのに、卒業後の生活ではその勉強は全く生かされていない。では何のための3年間だったのか? 短期間で勉強に追い込まれた経験により精神面ではタフになったことは確かであり、現在の生活においてフルタイムの仕事と3人の小さい子どもたちの育児のハードスケジュールをマネージする上で、ケンブリッジで鍛えられた時間的プレッシャーへの耐久力が少なからず役立っていると思う。

親の仕事の関係で英国で育ち、縁あってケンブリッジで教育を受けることになった私の経験と、それを踏まえて現在子供に対してどのような教育を施したいと思っているかをここに記したいと思う。

日本での華やかな大学生活のはずが…

物価が高くて、毎日天気が悪く、娯楽施設がほとんどないロンドンで生活を送っていた私からすると、食事が安くて美味しくて四季がとても美しい日本はパラダイスのような場所に見えた。陰鬱なイギリスから早く離れ、東京での華やかな大学生活を夢見る高校生活だった。

だが、いざ大学選びを行う時期になったとき、不純な動機を両親に見透かされてしまい、「(当時英国ビザを保有していたため)入学費、授業料が無料になるイギリスの大学以外は行かさん」と! えー! まだこの暗い国での生活が続くと私、卒業どころか鬱になってしまう! とまで思ったが、動機が動機なだけに親の少なからぬ正論に負けて、渋々イギリスの大学を目指すことに合意した。

ホーキング博士に会えたらラッキーだね、と言いながらとりあえず両親とケンブリッジを見学してみることに。ケンブリッジの街並みや古いカレッジの持つ独特な雰囲気を私も両親も気に入り、第一希望は決まった。受験したのはニューナムカレッジ(女性専用カレッジ)。面接を無事通過し、イギリスの大学が認める中等教育修了試験である国際バカロレアの成績条件付き合格を取得した。それからは、たまたま両親の本棚にあった数学者の藤原正彦さん(『国家の品格』の著書で有名)の『遥かなるケンブリッジ』を読み、「科学のスーパースターに囲まれる」学生生活を夢見てやる気を奮い立たせ、国際バカロレア試験に挑み、何とか無事本合格を果たした。

1年目の挫折

イギリスの大学ではいきなり専門科目を専攻する。高校時代一番得意だったコンピューターサイエンスを専攻し、その他にも数学、物理と細胞生物学を選択。面白さと勉強のラクさをバランスしたつもりだった。

しかし、完全に計算が狂った。

コンピューターサイエンスでは、実用性の高いプログラミングは最初はほとんどやらず、純粋数学みたいなコースで閃きや数学的なセンスが必要で、全くわからない。おまけにクラスの9割9分はPCが大好き過ぎるオ〇クばかり(半分はここ数週間お風呂に入っていないのでは? と思うような風貌)。そういった彼らは当時(Internet Explorerがリリースされたばかりでギークのみの遊び道具だったWeb1.0初期の頃)大学内のソーシャル階級の中では最下位に位置付けられており、自分の今後の友達作りにも影響しうると思い、ギークたちともコンピューターサイエンスとも見切りをつけるという、今振り返ると全くセンスのない判断をしてしまう。勉強のやる気をすっかりなくした私は、学年末の年1回しかないトライポス試験までは学力を試されることはなく、それをいいことに遊び呆けた。

だが、イギリスではアメリカ同様、大学名だけでなく成績までが重視されるため、学生は良い成績を取るために必死に勉強する。また、落第すると自動的に退学となる。仮に落第しなくても、ケンブリッジ中心地に位置するSenate House(評議員会館)で成績発表がなされ、ここでひどい成績を取ったりすればそれが公然の事実となるのである。わからないところだらけなのにきちんとフォローしてこなかった私は、試験日直前に自業自得だがパニック状態。かろうじて落第は避けられたのだが、無事卒業することを目標としてちゃんと勉強はしなきゃ! と2年目からは態度を改め、残り2年間の大学生活を健全に送ることに。また、コンピューターサイエンスに挫折した私は、2年目からは物理と応用数学を専攻することを決めた。

 
300年以上にもわたって毎年試験結果が貼り出されているSenate House。現在はオンラインでも全員の成績がみられるとか。By Bill Riley.