時の途上---小池真理子・著『千日のマリア』

ここ数年、「時間」について考えることが多くなった。
自分の中を通り過ぎた時間。自分の外を流れていった時間。

両者はもちろん、同じ「時間」である。時間はどこを流れようと、一秒の狂いもなく正確無比に刻まれ、正確無比に過ぎ去っていく。その意味では、あくまでも無機的なものに過ぎない。しかし、同じ「時間」にも微妙な違いがありはしないだろうか。

自分の外側を流れていった時間は、「時代」を作る。「歴史」はその堆積だと考えていいだろう。そのため、その種の時間は過ぎたとたん、どんどん自分とはかけ離れた、何か手の届かないところにいってしまう気がする。

一方、自分の中を通り過ぎた時間は、いつまでたっても同じ場所にとどまっている。振り返ればすぐそこに、まるで昨日のことのように、同じ顔をしたまま鎮座している。62
歳になった私の、62年分の記憶をつぶさにデータベース化して詰め込んだ、CD―ROMのように。

このたび講談社から久々に短篇集『千日のマリア』が刊行されることになった。打ち合わせをしていた際、担当編集者から「9年越しの作品集になりますね」としみじみ言われ、改めて過ぎた時間を思い知らされた。

9年、という歳月が長いものなのか、短いものなのか、わからない。人によって感じ方は異なるだろう。だが、この九年の間に自分の中を流れていった時間は、私にとって長いも短いもなく、いいも悪いもなく、ただ、ただ、ずしりと重たいものだった。

老いた父のパーキンソン病が悪化し、それまで面倒をみていた母が音をあげて、父は自ら施設に入った。すでに身体の自由がきかなくなり、言葉がしゃべれなくなっていた。施設の部屋を訪ねるたびに、切なさが増した。

そのうち、独り暮らしをしていた母が認知症を発症。身の回りのことをするのがあやしくなってきたため、私はパソコンを持って実家に行き、半年ほど介護を兼ねて、母と同居した。

いくらか症状が改善されたため、ほっとしていったん自宅に戻ったのも束の間、今度は私の自宅が暖炉からの出火で全焼する、という不測の事態に陥った。大わらわで後始末をしていた矢先、母が肺炎で倒れ、病院に担ぎ込まれたという知らせが入った。生命に別状はなかったが、担当医から「お母さんはもう、独り暮らしは無理です」と言われた。

母を父と同じ施設に入居させ、妹と共に無人となった実家を片づけにかかった。両親ともに状態が悪く、二度とここに戻ることはない、と判断。意を決し、実家の解体工事に踏み切った。

そうしながら、火事で失った家の代わりに、新居を建設。数々の煩雑な打ち合わせやら契約やらを終え、なんとか落成を待つばかりになったころ、父が突然、脳梗塞を起こした。胃ろう設置のために入院していた病院のベッドの中だった。娘たちが駆けつけるのも間に合わず、父は独り、85年の生涯を閉じた。

2年後には、母が閉塞性動脈硬化症を発症。左足を切断した。入院期間1ヵ月。その間に、不慮の事故で、私は自身の左足を骨折(偶然にも母と同じ左足だった)。松葉杖がとれたころ、東日本大震災が起こった。