読書人の雑誌『本』
西太后とユン・チアン---川副智子・訳『西太后秘録 近代中国の創始者 上・下』

「西太后」といえば―

贅沢の限りを尽くした悪女。残忍な独裁者。ふた昔まえまではそんなイメージを刷りこまれていて、恐ろしい顔しか浮かんでこなかった。たぶん1980年代に中国・香港で共同製作された映画のテレビ放送を見たのだろう、ライバルの妃が手足を切断される場面も記憶に残っている。とかく女権力者は「悪女」と認定されやすく、その際は「贅沢」と「残酷」がセットになることが多い。それにしても西太后には極端な話が多すぎる。いかにも作り話めいたものはともかく、光緒帝の「幽閉」や「珍妃の井戸」のような史実も怖さを助長しているのかもしれない。

ひたすら怖い西太后のイメージがだいぶ変わったのは、浅田次郎作の『蒼穹の昴』(1996年)を読んでからだった。日中共同でNHKの連続ドラマになったときには、豪華なセットと田中裕子演じる西太后の存在感に惹きこまれ、2010年のBS初回放送から欠かさず見ていた。

告白すると、以上がユン・チアンの新作Empress Dowager Cixiを手にするまでのささやかな「西太后」歴のすべてだ。英米の現代作家の小説ばかりを訳してきた翻訳者が西太后の評伝などを訳せるだろうか? という不安と、西太后とユン・チアンの組み合わせでおもしろくないわけがない! という直感。直感のほうを信じて、一年間、ユン・チアンが見つめる西太后を見つめてきた。そして、できあがったのが『西太后秘録』(上下全二巻)である。

官僚の娘に課せられる試験によって16歳で皇帝の側室のひとりに選ばれた西太后は、47年間(息子と養子の親政の期間を除くと36年間)清朝の政権を握り、72歳で死の床につく三時間まえまで政務を執っていた。だが、紫禁城に表門からはいったことは一度もない。清朝の掟では、女が表門からはいるのが許されるのは皇帝の正室である皇后の輿入れのときだけだから。

西太后が没して約百年間、あまりに不当な非難が続き、功績はほとんど評価されなかった、たとえ評価されても西太后に仕えてきた男たちばかりが褒められる、とユン・チアンは言う。西太后には「女」という根本的に不利な条件があったからだ、とも。

膨大な資料をもとに『ワイルド・スワン』と『マオ 誰も知らなかった毛沢東』で中国の知られざる現代史を伝え、世界に衝撃を与えたユン・チアンが、今回、自分に課した使命は、「女」である西太后を中国の歴史のなかで「正当に」評価すること。

このシンプルなコンセプトに沿って「西太后の目」で清朝末期の中国と当時の世界を眺めると、これまで知っているつもりだった史実も、知らなかった裏の事情も、まったく新しく見えてくる。西太后の政治を評するときによく使われる「老獪」だの「権謀術数」だの、皮肉めかした言葉についても、もっと肯定的な解釈ができるようになる。

するとその反動からか、西太后の周囲にいた男たちが一様に「へたれ」感を漂わせていることに気づかされる。それも西太后との距離が近ければ近いほど。西太后の義弟にあたる恭親王も醇親王も相当に情けないが、最たる存在はやはり甥の光緒帝だろう。

書斎での古典の勉強が生きがいで時計の修理が趣味というひ弱な若者は、「野狐」に感化されて突如、政治に目覚め、西太后暗殺の陰謀にも間接的に関わり、そのことが発覚して幽閉されてしまう。養子にさえされなければ、地味な皇族としてもっと楽な一生を終えていたかもしれず、その点では気の毒な人だと思う。