「ままごと」と「まめごと」---中澤日菜子・著『おまめごとの島』

おまめごとの島」というタイトルに込めた思いは、ふたつある。まずひとつ目。漢字をあてると「小豆(ごとの)島」、つまり小豆島。今回書き下ろしたこの新作は小豆島が主たる舞台なのだ。

わたしは元々島好きで、沖縄の離島や伊豆七島、海外でもバリだのサムイだの、旅行というとまず「島へ行く」ことを考えてしまうような人間だ。だのに瀬戸内海の島じまには行ったことがなかった。行ってみたいと思い続けていたが「なにそんな遠くないさ。いつでも行ける」と思ううちにこの歳(45です)になってしまった。

行ってみて驚いた。小豆島をふくむ瀬戸内の島じまは、それまで知っていた「島」とはまったく違う「色」をしていた。なぜだろう。沖縄の島、たとえば石垣島や宮古島となにが違うんだろう。考えるうちにひとつ思いついたのが、島じまの距離の近さだった。

沖縄だったら、島から見える海は果てしがなく、その方向でいちばん近いのはアメリカ西海岸、なんてこともあるだろう。けれど小豆島は違う。すぐそこに別の島。その島の横にも、島。とにかくまわりじゅう島だらけなのだ。この「島だらけの島」が、わたしに妙な安心感を与えてくれた。追いつめられたら、隣の島に逃げればいい。その島にも追手がきたら、別の島に渡ればいい―。

「だれがなんのためにわたしを追いかけるのか」という問題は置いとくとして、とにかく、そんなふうに思ったら、なんだかやたらにほっとしてしまったのである。逃げ場があるというのは、ありがたいですね。

そしてもうひとつ、島を訪れて驚いたこと。それは、土地のひとたちの優しさというか面倒見のよさであった。

お隣の豊島に渡ったときのこと。その日のうちに高松まで戻り、羽田に飛ぶ飛行機に乗らなくてはならなかった。だから電動アシストの自転車を借り、大急ぎで豊島を回った。漕ぎに漕いだが、自転車を返却するころには、小豆島に戻る便まであと30分を切っていた。その便に乗らないことには、どうあっても飛行機には間に合わないのだ。昼食抜きだったが、我慢することにする。

ところが「おなかすいた」、子どもがぐずりだした(主婦作家なもので取材はコブつきが多い)。「我慢せい」「やだ」「もうすぐ食わしてやる」「いつ」「わからん」「ママのばかー!」言いあっていると、自転車を貸してくれたガソリンスタンドのおっちゃんが突如「カレーでええか?」、わたしに聞いた。もちろんですと頷くと、おっちゃんは携帯を出し、どこかに電話をかけ始めた。

話を終えるとおっちゃんは、「この先のカフェでカレーなら出せるゆうけん、今から行こう」、わたしたちの荷物をじぶんの軽自動車のトランクに積み込み始めた。「でもあと30分しか」というと、「大丈夫や。食べ終わったらまた迎えに行ってやるけん。んで、船着き場まで送ってやるけん、ええから乗りな」、ぽんぽんと車を叩いたのだった。

こうして無事、わたしも子どもも美味しいカレーにありつき、そして無事、船に乗ることもできたのだった(ちなみにおっちゃんは「もし船に間に合わなかったら、車で島、ぶっ飛ばして、もういっこの港まで先回りしよ思ってた」と言ってくれた・感涙)。