雑誌 企業・経営
新しいことをやるにはまずは自分が嫌な思いもしながら進んでいくしかない。やってみれば、何とかなるものです。

日本でエアバッグを内蔵したオートバイのウエアが発明され、国内はもとより世界各国の警察で正式採用されていることをご存じだろうか。作ったのは名古屋市『無限電光』の竹内健詞社長(56歳)。ジャケットに風船状の部品が内蔵され、事故などでライダーの身体がバイクから吹き飛ばされると膨らむ仕組みだ。現在は、世界各国のユーザーから感謝のメールも届くというが、開発当初はあざけりも受けたという。

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たけうち・けんじ/'59年、愛知県生まれ。高校卒業後19歳で電気工事などを請け負う『無限電光』設立。'95年にバイク用のエアバッグ開発に着手し、'01年に『hit-air』ブランドを立ち上げ販売開始。'03年に日本の警察に採用される。警視庁の装備大会・銅賞、世界発明展Safety Protection Life-Saving部門・金賞など受賞多数 ※無限電光のwebサイトはこちら

自作

あまのじゃくになって、何でも「もうちょっとよくできるはず」と思うことが、工夫の第一歩なのでしょう。本業は電気設備の事業だったのですが、例えばタバコの煙を自動検知して換気扇を回す仕組みをつくった時は、お客さんにずいぶん喜ばれましたよ。バイクが好きで、18歳でレーシングチームを立ち上げた時も、お金がなかったから、ボディのパーツなどを自作していました。

ゴミ袋

バイクの事故に遭ったこともあります。車とぶつかると「人間ってこれほど簡単に吹っ飛ぶのか」と思わされますよ。また、飛び出してきた子どもをよけて田んぼに突っ込んだ時は、一瞬、後ろに乗せていた人間が見つかりませんでした。「あれー?」と探したら、勢いで田んぼにズボッとはまっていた。それくらい吹っ飛ぶんです。

一方で私はホームセンターが好きで、家には様々な工具もありました。そこで、身体にゴミ袋を巻き付けながら「事故で飛ばされた瞬間、この袋が膨らむ機構を作れば、世界中のライダーの命が救えるのでは?」と考え始めたんです。

地団駄

開発を始め、旧通産省へ行って特許を侵害していないか調べた時、担当者に『ムリムリ』と笑われました。当時、車のエアバッグは火薬で膨らませていたこともあり、ウエアに付けられるものなどできっこない、と言うんです。

その後、社員がダイビングの救命胴衣を持ってきてくれました。小型の炭酸ボンベにひもが付いていて、引っ張ると炭酸ガスで胴衣が膨らむ仕組みです。これを見た瞬間、「それならバイクとボンベをひもで結び、ライダーが飛ばされた瞬間、炭酸ガスで胴衣が膨らむようにすればいいじゃないか」と思いつきました。ところが今度はボンベのメーカーが「弊社はそのような使い方は想定していない」と商品を譲ってくれない。訪ねていっても面倒くさそうな対応で、参りました。さすがに「順番が逆じゃないか」と思いましたよ。「じゃあ世の中、見本のあるものばかり作っていればいいのか?」と。

出展 イタリアで行われた欧州最大のモーターサイクルショーへ出展した時の様子。同社商品を導入する警察は世界各国で増えている。左から2人目が竹内氏

協力者

事故で身体のどこを打つと命に関わるか、警察の外郭団体が膨大なデータを持っているため訪ねてみると、わずかなデータを見るだけで数十万円必要だと言う。ここまで来たら、バイクのエアバッグの歴史を自分が始めるしかない、と思い、お金を支払いましたよ。その後、ガレージにマットレスを敷いて、バイクにまたがり、転んでみて・・・・・・などと実験するうち協力者が増えてきました。

何かやろうと思ったら、まずは自分が嫌な思いもしながら進んでいくしかないのでしょう。全国のボンベのメーカーに片っ端から電話をかけると「消火器のボンベなら使えるかも」などと一緒に考えてくれる人が現れました。ウレタン素材のメーカーが、洗濯と乾燥を繰り返しても劣化しないエアバッグの素材を作ってくれました。バイク雑誌の編集長を訪ねた時も「必要な人間をすぐ紹介します」と言ってもらえました。

実験 より安全性を高めるため、様々な設備で実験を繰り返し、データを取得。現在は乗馬用なども開発・販売している

2億円の商談を断ったことがあります。当時は自分が製造販売するつもりはなかったので、企画を他社へ持ち込むと、大手バイクショップとの間に2億円で独占契約する話が持ち上がった。これで本業に戻れるかも、とホッとしました。ところが彼らは「バイク本体を買ってくれた人に独占販売する」と言い出した。ちょっと待て。救えるはずの人命はどうなるのか? と断りましたよ。

その会社には「自己満足だ」と言われましたが、人命より利益を優先する企業などと組めるわけがない。その後、『hit-air』という名でネットショップに出したんですが、宣伝するほどの体力もなく、売れるわけがなかった。