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サンクレスト 植田 実 社長 「キモい」言われても、世の中のお役に立つためやから仕方ない。プライドは心の中に持つもんやから。

涙と笑いの浪花節を聞いた。サンクレスト・植田実社長(61歳)。様々な苦労ののち、携帯電話の画面が横から見えなくなる液晶フィルター『メールブロック』をヒットさせ、現在は女子高生向けの携帯電話アクセサリーも販売。身を粉にして社会貢献活動も行う人物だ。

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うえだ・みのる/'53年、大阪府生まれ。'72年に大阪府立布施高等学校を卒業し、'86年にサンクレストを創立。その後、『青少年夢応援隊』などの活動が認められ、東久邇宮文化褒賞、東久邇宮記念賞等を受賞。またビジネス面でも、東大阪モノづくり大賞などを受賞。現在は明治大学リバティアカデミーで講師を務める ※サンクレストのwebサイトはこちら

神様へ

世の中へのご恩返しに、20年間で1000人の子どもを海外へ留学させます。植田実、必ずやります。じつは私の息子が10歳の時、耳の下にがんができ、しかも手術後に再発したのです。私は神社にお百度参りし「この子をどないか二十歳まで生きさせて下さい、そのためなら何でもします」と祈りました。

すると思いが通じたのか、その直後にある治療法と出会い、がんは完治したのです。私は、この借りを神様に返したい。そこで『青少年夢応援隊』というプロジェクトを立ち上げ、既に留学生を海外に送り出しています。彼らは将来、日本の国際化を進めてくれるリーダーになってくれるでしょう。

貧乏

実家はもの作りで有名な東大阪の「プレス屋」(金属加工業者)です。貧乏でね(笑)、僕が大学に受かっても、親父に「入学金払われへん」と言われるような家でした。そのまま実家の工場で父の手伝いをすることになり、月給3万円だけもらって、夏は40℃を超えるようなトタン屋根の下で一日中働きました。土日は朝の暗いうちから競馬場でバイト。ここで月6万稼いで、1000万円貯まったら起業するんやと、それだけが私の希望でした。冬の土曜日の朝、まだ真っ暗な駅でスキーに行く同級生と会ったときはつらかったなぁ。でも、なんででしょう。今はすべてがいい思い出なんです。

家族と 写真中央が植田氏。一番左が、がんを克服した長男の元気さん。薬を飲みたがらない息子のために、一緒に飲んだこともあったという

パアや

この時期、一度だけ「あかん」と思ったことがありました。中学1年生の時に転校してきたかわいい女の子に惚れて、付き合えたのに、つまらないことで別れ、20代の半ばに彼女が結婚したと聞くまで僕は引きずっていたんです。ところがようやく忘れた頃、彼女から「覚えてる?」と電話がきた。その瞬間「今までに貯めた700万円はパアや」と思いました。こんな電話、絶対お金の無心やと思ったし、僕は断れないこともわかっていたんです。当時はナンバーディスプレイもないから必死で「まず電話番号教えてくれ」言うてね(笑)。

でも、それはたかりやなくて「離婚した」「久々に話したかった」という連絡でした。彼女が今の私の愛妻です。情けないけど、うれしかったなぁ。

成功の秘訣

商売は、大きな流れに付いていくとうまくいきますね。'80年代半ばに親戚が「子どもがファミコンばかりやってる。眼が悪くなる」と悩んでいたので、眼に有害な光は何かを調べ、これを弱めるアクリルのフィルターを作ったんです。よく売れましたよ。'90年代、携帯電話が普及する時、「これからはむしろプライバシーの保護やろ」とメールブロックを開発したのも大きかった。