佐藤優「日本は『人権を尊重しながら、テロ活動を防止する』という深刻な課題に直面している」

佐藤優直伝「インテリジェンスの教室」vol.054 インテリジェンス・レポートより
ISILの攻撃から逃げたシリアの子どもたちは、家族とともに寒さ厳しいトルコ首都のあばら家に避難している---〔PHOTO〕gettyimages

「『ISIL(いわゆるイスラム国)』による日本人人質殺害」

【事実関係】
2月1日、動画サイトに、過激組織「イスラム国」の構成員と見られる黒装束の男によってジャーナリストの後藤健二氏が殺害される映像が投稿された。

【コメント】
1.―(1)
2月1日、投稿された画像において、ジハーディー・ジョン(聖戦士のジョン)と呼ばれる黒装束のテロリストは、<日本政府よ。/邪悪な有志連合を構成する愚かな同盟諸国のように、お前たちはまだ、我々がアラーの加護により、権威と力を持ったカリフ国家であることを理解していない。軍すべてがお前たちの血に飢えている。/安倍(首相)よ、勝ち目のない戦争に参加するという無謀な決断によって、このナイフは健二だけを殺害するのではなく、お前の国民はどこにいたとしても、殺されることになる。日本にとっての悪夢を始めよう。>(2月1日 朝日新聞デジタルより)と述べてから、後藤氏の首にナイフを当てた。この発言に、「イスラム国」の内在的論理が端的に表れている。

1.―(2)
「イスラム国」が目指しているのは、世界イスラム革命だ。「イスラム国」とこの「国」を支持する人々は、唯一神アッラーの法(シャリーア)のみが支配するカリフ帝国(イスラム帝国)を21世紀のこの世界に本気で建設しようとしている。彼らは、この目的を実現するためには、暴力やテロに訴えることも躊躇しない。

1.―(3)
テロリズム対策の専門家であるロレッタ・ナポリオーニ氏は、<二〇一四年夏、ローマ法王フランシスコは、各地で勃発した紛争の有毒な瘴気が世界に拡がっているとして、第三次世界大戦はすでに始まっていると述べた。この戦いは、二〇世紀に起きた二つの世界大戦とは似ても似つかない。むしろ近代以前の戦争、主権国家ではなく地方軍閥、テロリスト、民兵、傭兵による戦いを想起させる。彼らの究極の目的は、領土を征服し、住民や天然資源を搾取することであって、国民国家の建設はめざしていない。/こうした戦いには、塹壕もなければ、戦場すらない。兵士の行動をある程度まで規制する国際交戦規定も適用されない。ジュネーブ条約(戦時における傷病者と捕虜に関する国際条約)はゴミ箱に投げ給てられた。>(ロレッタ・ナポリオーニ著、村井章子訳『イスラム国 テロリストが国家をつくる時』文藝春秋、2015年、158ページ)と指摘する。

この戦争において、既存の国際法、普遍的価値観などの国際秩序を遵守する日本も、米国、ヨーロッパ諸国、ロシアとともに「イスラム国」による打倒対象にされている。

1.―(4)
積極的平和主義を掲げる安倍晋三首相が中東を歴訪したことが今回のテロ事件の原因であるという見方は、間違っている。安倍首相の訪問(特にイスラエルへの訪問)のタイミングを「イスラム国」が最大限に活用したことは間違いない。しかし、今回、安倍首相が中東諸国を歴訪することがなかったとしても、「イスラム国」は、いずれかのタイミングで日本を標的とするテロ攻撃を仕掛けてきたことは確実だ。

2.―(1)
ごく少数だが、日本にも「イスラム国」が主張するカリフ帝国の再建に賛成する人がいる。こういう人たちがテロ行為に加担するのを防ぐことが日本の国家と社会に課された重要な課題になる。

イスラム政治思想の専門家である池内恵氏は、<二〇一四年一〇月に発覚した、北海道大学を休学中の若者が「イスラーム国」への渡航を図った事件は、メディアの関心を集め、日本でのこの問題の知名度を一気に高めた。/日本は、欧米諸国とは異なり、イスラーム教徒の大規模な移民コミュニティを抱えておらず、改宗者の数も、二〇一四年の時点で一万人程度にとどまる。総人口の〇・〇一%未満であり、社会との摩擦が政治問題化するような規模ではない。その意味で、西欧諸国が抱えるイスラーム教徒市民の一部の過激化の問題を、日本は共有していない。/しかし日本には、イスラーム世界とも欧米とも異なる独自の「イスラーム」認識があり、権威的にこの問題を論じる専門家や、日本の対外関係や近代世界の中での位置をめぐって活発な議論を展開する思想家・知識人の言説を通じて、社会や政治に独特の影響を与えている。「先鋭的」であることに存在意義を見出す論者は、しばしば「イスラーム」を理想化し、それを「アメリカ中心のグローバリズム」への正当な対抗勢力として、あるいは「西洋近代の限界」を超克するための代替肢として対置させる。「イスラーム」という語が、現代社会の解決不能な諸問題を、一言で解決する魔術的なパワーを秘めたものとして、テキストや現実の事象を踏まえずに用いられているのである。そのような言論人の言説に導かれ、「イスラーム国」に身を投じる者が出てこないとも限らない。>(池内恵『イスラーム国の衝撃』文春新書、2015年、165~166ページ)と指摘する。

警察によるテロ対策、内閣情報調査室、公安調査庁などによるカウンター・インテリジェンス活動を強化することが急務だ。

2.―(2)
それでも「イスラム国」に参加する日本人を完全に阻止することはできない。インテリジェンスと中東情勢に詳しい軍事ジャーナリストの黒井文太郎氏が述べていることが事柄の本質を衝いている。<物事を短絡的に考える過激派の主張は、いくらかの求心力を常に維持します。イスラム国やアルカイダに参加するような過激な若者は、もちろんごく少数派ではあるものの、これからも生まれてくることは間違いありません。>(黒井文太郎『イスラム国の正体』KKベストセラーズ・ベスト新書、2014年、175ページ)。

「イスラム国」を相手にする第三次世界大戦は、非対称だ。日本で「イスラム国」を支持し、情報や資金を提供し、テロリズムのイデオロギーの宣伝に従事する日本人は、近代的な民主主義国である日本がすべての国民と外国人に保障するところの「言論や表現、経済活動の自由」を最大限に活用する。

日本の政府も国民も、「人権を尊重しながら、テロ活動を防止する」という深刻な課題に直面している。・・・(以下略)


佐藤優直伝「インテリジェンスの教室」vol.054 (2015年2月13日配信)より

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