悲しみを繰り返さないために-桜で残す、津波の記憶-

どのように復興を遂げ、何をどう残すのか

「あの震災直後こそ、写真を撮っておいてほしかった」

2011年3月、累々と積み重なる瓦礫を前に、どうしてもシャッターが切れなかった。けれども1年が経ち、2年が経ち、4年近くの歳月が流れる中で、そんな声を何度となく耳にした。

「あの時カメラを持っている人間を見たら、"何撮ってんだ"って暴言吐いてたかもしれない。殴りかかってたかもしれない。でも、今だから思うんだ、撮っておいてほしかったなって。あの時、一体どこまで波が来て、どうやって人が生き延びたのか、この街の中だけでもどんどん曖昧になっているんだ」

市街地を覆い尽くしていた瓦礫は撤去され、今、陸前高田市内では、削った山の土砂を用いた「かさ上げ工事」が昼夜問わず続いている。刻一刻と、街の風景は変わり続ける。その急激な変化の中で、どのように復興を遂げるかということと並び、何をどのように「残す」のかといった新たな課題にも、人々は直面していた。

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