世界経済
【第76回】 日本でピケティブームが起きている理由を考える
トマ・ピケティ氏 〔PHOTO〕gettyimages

フランスの経済学者であるトマ・ピケティ氏が著した『21世紀の資本』は、経済学の専門書(しかも分厚い)としては異例の世界的ベストセラーとなった。日本でも昨年12月中旬に翻訳本が発売されたが、1冊6,000円弱(728ページ)の大著が、1冊1,000~1,500円(200ページ程度)の新書版が主流となっている日本の経済書部門の売上第1位を続けていることは驚異的である。

日本の知識人は、このピケティ氏の『21世紀の資本』を、マルクスが著した古典『資本論』にとって代わる新しい左派の経済学の「聖典」として熱狂的に受け入れているようだ(発売当初の海外メディアがマルクスの『資本論』になぞらえて紹介したことが大きく影響しているとみられる)。特に、マルクス経済学同様、経済学というよりも、思想・哲学分野の識者の熱狂ぶりが目立つ。

反アベノミクスの動きが過熱するはずだったピケティ氏来日

ところで、ピケティ氏は、この『21世紀の資本』で所得格差の拡大に警鐘を鳴らしていることは言うまでもないことだが、日本では、これがそのままアベノミクス批判につながっている。

そもそもピケティ氏はあの「ウォール街占拠運動」を理論面で支えたことで有名であった。この運動は、「過度な『金融中心主義』はリーマンショックのようなきわめて深刻な経済危機を誘発したにもかかわらず、FRB(米連邦準備制度理事会)を中心とした当局は、何の反省もなく、金融機関ばかりを救済し、庶民の生活をないがしろにし続けている」という批判で、リーマンショック後の量的緩和政策が株価等の資産価格を押し上げるのみで実体経済には何の効果もないとの批判がその背景にあった。

同様の批判が、いま現在、日本でアベノミクスを象徴する政策の1つである、現在の日銀の金融政策に対しても向けられている。その内容は以下のようなものである。

1)一昨年の4月4日の「異次元緩和」以降、確かに株価は大きく反発し(現在、日経平均は1万7千円程度)、「資産家階級」には大きな利益をもたらしたが、(特に地方の)一般庶民には何の恩恵ももたらしてはいない、2)それどころか、円安によって物価は上昇し、生活はかえって苦しくなっている。3)さらには、10年国債利回りが0.2%を下回ろうかという低金利で、「預金生活者」の利子収入が激減していることも社会不安の1つの要因になっている。

このような日銀の金融政策批判を側面からサポートするのがピケティの『21世紀の資本』に違いない、ということで、先週末のピケティ氏の来日は、反アベノミクス陣営を熱狂させ、反アベノミクスの動きはますます過熱するはずであった。

だが、ピケティ氏は、「政府と日銀が協調して2~4%程度のインフレ率を実現させようとする政策スタンスは正しい」と発言しており、現在の日銀の金融緩和スタンスに対する否定的な発言はしなかった。ピケティ氏はもともと「格差の数理モデル」で22歳の若さで博士号を取得し、1993年から1995年の3年間は米国のMIT(マサチューセッツ工科大学)に招聘されている(『21世紀の資本』の翻訳者の1人である山形浩生氏の『訳者解説』の4ページより引用)。

右翼か左翼かといったイデオロギーではなく、合理的・科学的に資本主義経済を考察するピケティ氏にとって、2~4%のインフレ目標政策の正しさは自明であったのだろうと容易に想像できる。ともかく、ピケティ人気に便乗してのアベノミクス批判、特に金融緩和批判は空振りに終わったと思われる。

ところで、アベノミクス批判の日本の知識人にとって、金融緩和論以上に衝撃的だったのではないかと考えるのが、ピケティ氏の財政政策に対する考え方である。ピケティ氏が日本の量的緩和政策に好意的だったのは、2~4%程度のマイルドな物価上昇によって公的債務が逓減するためだ。

昨年12月22日の日本経済新聞によるインタビューでは、「1945年の仏独はGDP比200%の公的債務を抱えていたが、50年後には主に物価上昇によって大幅に減った」点を指摘している。また、1月31日の米ブルームバーグのインタビューでは、財政の過度な引き締めによる成長を阻害し、デフレを促進する側面があることを指摘し、日本の消費税率引き上げにも批判的なコメントをした。

消費税が格差促進型の税制であることを考え合わせれば、格差是正の必要性を主張するピケティが消費税率引き上げに反対することは容易に理解できるはずである。また、消費税率引き上げに賛成してきた岡田克也民主党代表が、格差是正の考えを共有すべくピケティ氏と会見したらしいが、アベノミクス批判をするために引用したピケティに自らの党の政策批判をされてしまった。ピケティは、さかんに「今回の来日は私自身が日本のことを勉強するためだ」と繰り返していたらしいが、野党やメディアの我田引水的なアベノミクス批判に辟易したのではなかろうか。

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