日本側が実現できない要求をつきつける「『イスラーム国』による日本人人質事件」

佐藤優直伝「インテリジェンスの教室」vol053 インテリジェンス・レポートより
〔PHOTO〕gettyimages

【事実関係】
2. 1月24日、動画サイトに後藤氏と見られる画像が投稿された。この画像の中で、後藤氏と見られる人物が英語で「湯川氏が殺害された」、「『イスラーム国』の要求が身代金から、ヨルダンにテロ容疑で収監されている死刑囚のイラク人女性の解放に変更された」などと述べている。

【コメント】
1.―(2)
残念ながら、各国の政府、インテリジェンス機関、マスメディアなどは、「イスラーム国」の設定したインテリジェンス工作の土俵の上で、情勢分析をせざるを得なくなっている。ウェブサイト上の公開情報を収集することによって、情報分析をする技法に頼らざるをえない。「イスラーム国」のウェビント工作で大きな比重を占めるのが、世界最大の動画サービスYou Tubeである。

2.―(1)
情勢分析においては、論理力が重要になる。特に擬似命題(擬似問題)の落とし穴に落ちないように細心の注意を払う必要がある。擬似命題とは、<有意味な命題に見えながら、実は無意味な命題のこと。論理実証主義(ウイーン学団)において、多くの形而上学的命題はこの擬似命題であるとされる>(『岩波哲学・思想事典』)。

平たく言い換えると、質問の仮定や前提が間違えていたり、検証できない事柄によったりするために、答がそもそも存在しない問題のことだ。

2.―(2)
「ウサギのツノの先は尖っているか、それとも丸いか」という命題について考えてみよう。この命題について激論をしても意味がない。なぜなら、ウサギにはツノがないからだ。

2.―(3)
これとまったく同じことがイスラム教スンニ派過激組織「イスラーム国」による日本人人質事件でも生じている。20日、「イスラーム国」の構成員と見られる男が、「72時間以内に2億ドルを支払わなければ拘束している2人の日本人を殺害する」と述べた動画がYou Tubeに公開された。動画には、ジャーナリストとの後藤健二氏と民間会社経営者の湯川遥奈氏がオレンジ色の服を着て座っている様子が映っていた。過去に「イスラーム国」は、米国人、英国人などを殺害する画像をウェブ上に公開したことがあるが、被害者はいずれもオレンジの服を着せられていた。

その後、マスメディアは「日本政府は身代金を支払うべきか否か」というテーマを積極的に取り上げた。これは典型的な擬似命題である。身代金を銀行送金することはできない。通常は、現金か金塊で支払うことになる。100ドル紙幣を百貨店で使われている紙袋いっぱいに詰めると50万ドルくらい入る。2億ドルならば、この紙袋が400個必要になる。

ドル札は、追跡される可能性がある連番の新札では身代金の役割を果たさないため、使用済みの紙幣が必要になる。72時間以内にこんな大量の使用済み100ドル紙幣を集めることは不可能だ。金塊で払うことを考えた場合も、2億ドル分の金塊は重量4トンを超える。身代金は、密かに引き渡さなくてはならない。これだけ大量の紙幣や金塊を密かに引き渡すことは、非現実的だ。

2.―(4)
72時間の期限が切れた翌24日、動画サイトに後藤健二氏と見られる人物が写真を持っている静止画像が投稿された。

この画像とともに、後藤氏と見られる人物が英語で、<私はケンジ・ゴトウ・ジョゴ。ハルナ・ユカワが「イスラム国」の地で殺害された写真を見たでしょう。あなた方は警告を受け、期限を示された。そして、私を捕らえていた者たちは、言葉どおりに行動した。/アベ、あなたがハルナを殺した。脅迫を真に受けず、72時間以内に行動しなかった。/(中略)彼らはもはや金を求めていない。だから、テロリストに資金を出すことになると心配する必要はない。彼らは、(ヨルダンで)収監中のサジダ・リシャウィの釈放を要求している。サジダを引き渡せば、私は自由になる。(以下略)>(1月25日 共同通信より)と述べた。

サジダ・リシャウィ死刑囚〔PHOTO〕gettyimages

2.―(5)
「イスラーム国」側は、後藤氏を解放する条件として、サジダ・リシャウィ死刑囚の釈放を提示したが、これも擬似命題である。

(・・・略・・・)リシャウィ容疑者に死刑が言い渡されたのは2006年であるが、同年からヨルダンが死刑制度の見直しに入ったので、執行が猶予されている。現在、「イスラーム国」によってヨルダン軍の操縦士が人質になっている。この操縦士とリシャウィ死刑囚を交換する案をヨルダン政府が検討していると報じられている。この報道が事実ならば、ヨルダンが自国のパイロットよりも外国人人質を優先して取り引きに応じる可能性はない。もちろん、「イスラーム国」はそのことを分かって、日本側が実現できない要求を突きつけているのである。

3.―(1)
「イスラーム国」のテロリストが精神に変調を来しているわけではない。この人たちは、自らの目標を達成しようと合理的な行動をとっている。「イスラーム国」が目指しているのは、世界イスラーム革命だ。「イスラーム国」とこの「国」を支持する人々は、唯一神アッラーの法(シャリーア)のみが支配するカリフ帝国(イスラーム帝国)を21世紀のこの世界に本気で建設しようとしている。この帝国を支配するのは、独裁者であるカリフ(皇帝)だ。(・・・以下略)

佐藤優直伝「インテリジェンスの教室」Vol.053(2015年1月28日配信)より