現代新書
福島第一原発事故 東日本壊滅の危機に最も近づいた「2号機爆発」の真相 第3回
ドキュメント 福島第一原発事故 東電技術者たちが語った「恐怖の瞬間」

連載第1回を読む
連載第2回を読む

福島第一原発事故2号機の危機に際して、吉田昌郎所長は「死」を覚悟し、「東日本壊滅」をイメージしたという。原子炉圧力容器を守る非常手段「SR弁の開放」も「格納容器ベント」もできない極限の状態の中で、東京電力の作業員たちはどのような行動をとったのか? 2号機の危機を克明に描いた『メルトダウン連鎖の真相』(講談社)の 第7章を3回にわたって転載する。今回は連載の最終回。

喫煙室の吉田

NHKメルトダウン取材班が2013年に執筆した『メルトダウン 連鎖の真相』。事故を時系列に忠実にノンフィクションとして書き下ろしたもので、 作家の立花隆氏が「圧倒的に情報量が多い。内容的にも最良」(2013年7月11日号)と絶賛した。写真や図版も多数収録されており、事故の全体像がわかると専門家からも高く評価されている

重苦しい空気に包まれた免震棟の円卓を、警備会社幹部の土屋は、呆然と見つめていた。もはやそこには、見慣れた統制のとれた原発の姿は微塵もなかった。

14日午前11時すぎに3号機が爆発して以降、土屋のメモには、それまでの3号機から一転して2号機の記述が目立つようになった。

「13:05 2Uへ対策開始」

「14:15 2Uのリミット近く 総動員で現状把握」

「16:00 情報のサクソウ リミット 後1H」

午後4時ごろには、円卓周辺から、2号機の燃料の先端に到達するのは、あと1時間というコールが聞こえた。それまでには、なんとか注水をしなければならないはずだ。

しかし、土屋にも、2号機の減圧がまったく進まず、水を入れられない状態に陥っていることがわかった。円卓中央に座る所長の吉田が幹部らに指示を出していたが、その顔は疲労が色濃くなっていた。

事故発生以来、ほぼ不眠不休で陣頭指揮にあたってきた吉田昌郎・福島第一原発所長だが、2号機が危機的な状況になった14日午後以降は、精神的・肉体的な極限状態にあることをうかがわせる場面もあった 写真:NHK
NHKスペシャル『メルトダウン』シリーズでは、これまで5本の番組が放映され、文化庁芸術祭テレビ・ドキュメンタリー部門大賞を受賞するなど、内外で高く評価されてきた。2015年1月16日、約3年半にわたる同取材班の調査報道をまとめた『福島第一原発事故 7つの謎』が講談社現代新書より刊行された。事故の時系列の流れを追った同取材班による『メルトダウン 連鎖の真相』と併せ読むと、複雑な巨大事故の全体像がよく理解できる。週刊文春2月5日号「私の読書日記」で作家の立花隆氏は、本書を読んで「あの事故には未解決の謎がまだこんなにもあったのかと驚いた」と書いた。

担当者に「あれはどうなっているんだ?」と尋ねた際、担当者が一瞬答えられなくなり、吉田は、こらえきれなくなったように「そんなことぐらい把握して説明しろよ!」と怒鳴っていた。しかし、このころになると、吉田が大声を出して怒鳴る場面は、3号機が危機を迎えた13日にくらべ、めっきりと少なくなっていた。むしろ、疲労が隠せない様子だった。

吉田はヘビースモーカーで、事故対応に追われながらも煙草を吸っていた。免震棟2階の緊急時対策室から階段を降りたところにある1階の喫煙室に煙草を吸いに行く姿を、土屋はしばしば目撃していた。吉田は一度に4、5本を連続して吸う時も少なくなかった。

土屋には、その数分の喫煙の時間こそ、吉田が自らを落ち着かせ、次から次へと襲いかかる危機に対応するために考えをまとめる貴重な時間のように思えてならなかった。

2号機が膠着状態に陥って1時間近くが経った午後5時30分ごろ、土屋は、吉田が円卓から喫煙室に向かったことに気がついた。

「せめて煙草を吸って気をやすめ、また元気に指揮をとってほしい」土屋はそう思った。
ところが、このとき、吉田は煙草を吸い終わった後、円卓に戻らずに、2階廊下の脇にある小部屋に入ったまま出てこなくなってしまった。

心配した土屋がのぞくと、吉田が部屋に長身をごろんと転がすように横にして目をつむっていた。疲れ果てた表情だった。その表情は6000人あまりが働く福島第一原発を率いるトップの苦渋と、3日3晩ほとんど眠らずに走り続けてきた56歳の中年男性の極限の疲労をないまぜにしたように見えた。このまま起き上がれないのではないか。土屋は吉田の顔を見つめていた。10分ほど経っただろうか。吉田は、目を開けて体を起こした。そしてゆっくりと長身を揺らしながら、再び円卓へと歩き始めた。

この続きは、プレミアム会員になるとご覧いただけます。
現代ビジネスプレミアム会員になれば、
過去の記事がすべて読み放題!
無料1ヶ月お試しキャンペーン実施中
すでに会員の方はこちら