【第1回】 GHQと東京裁判
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安倍晋三首相は「戦後レジームからの脱却」を提唱している。70年前、GHQによって作り上げられた日本の制度は、どこに向かおうとしているのか。「戦後」を一貫して見つめ続けてきた著者、畢生の新連載!

連載開始にあたって

「私は、日本を、21世紀の国際社会において新たな模範となる国にしたい、と考えます。

そのためには、終戦後の焼け跡から出発して、先輩方が築き上げてきた、輝かしい戦後の日本の成功モデルに安住してはなりません。憲法を頂点とした、行政システム、教育、経済、雇用、国と地方の関係、外交・安全保障などの基本的枠組みの多くが、21世紀の時代の大きな変化についていけなくなっていることは、もはや明らかです。

(中略)今こそ、これらの戦後レジームを、原点にさかのぼって大胆に見直し、新たな船出をすべきときが来ています」

安倍晋三首相は、2007年1月26日の、第一次政権の施政方針演説で、実現すべき目標として「戦後レジームからの脱却」を明言した。しかし、このスローガンによって、安倍首相は、いわば火だるまのような状態となった。

野党はもちろん、多くのマスメディア、そして自民党内でも少なからぬ批判の声があがった。そのためか、第二次政権の国会演説では「戦後レジームからの脱却」は聞かれなくなったが、2014年3月14日に民主党の野田国義の質問に対して、「日本は平和国家としての道を歩み続けてきたわけでございますが、しかし同時に、この憲法自体が占領軍の手によって作られたことは明白」だと答弁した。つまり憲法は改正すべきであり、それが「戦後レジームからの脱却」の柱の一つだと述べたのである。

今年は、戦後70年になる。そして70年間も「戦後」と称し続けているのは異常である。こんなにも長い年月、新しい時代、新しい日本のあり方が打ち立てられていないわけで、「脱却すべき」という安倍首相の気持ちはよくわかる。しかし、問題は、「戦後レジームから脱却」していかなる国にすべきかということだ。

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ここに、安倍首相とは真逆の立場で、「戦後レジーム」を痛烈に批判している若い学者が書いた論文がある。『永続敗戦論』(太田出版)。いま大変話題になっている書物で、書いたのは白井聡という37歳の文化学園大学助教である。

「私には疑うことのできない確信がある。それは、『戦後』というあまりに長く続いてきた歴史の区切り、ひとつの時代が確かに終わった、という確信である。別の言い方をするならば、あの地震・津波と事故は、『パンドラの箱』を開けてしまった。『戦後』という箱を。それは直接的には、『平和と繁栄』の時代が完全に終わったことを意味し、その逆の『戦争と衰退』の時代の幕開けを意味せざるを得ないであろう」

白井の記す「事故」とは、もちろん東電の福島第一原発事故のことであり、この事故によって、「現存の体制は戦前・戦中さながらの〈無責任の体系〉以外の何物でもなく、腐敗しきったものと成り果てていた」ことが「誰の目にも明らかなかたちで現れてきた」のだと強調している。

「だが、政府のみが批判されるべき対象ではない。さらに明らかになったのは、構造的腐敗に陥っているのは政府や電力会社だけではないということであった。本来、国家権力に対する監視者たる役割を期待されているはずのマスメディアや大学・研究機関の多くもまた、荒廃しきった姿をさらけ出した」

この書は全編、白井の憤りの爆発で埋め尽くされている。安倍首相の言う「戦後レジームからの脱却」が、白井の表現では、「この二〇年の間に、民主主義の虚構は暴かれ、平和は軍事的危機へと向かいつつあり、経済的繁栄は失われた。もはやしがみつくべき『戦後』はどこにも見当たらず、満足すべき現状などどこにも存在しない」ということになる。そして、「以上から、本書が取り組むのは、『戦後』を認識の上で終わらせることである」と宣言する。

37歳の白井には「戦後」に対する責任はない。そして大江健三郎が中野重治の言葉を引いて言った言葉を用いて、「私らは侮辱のなかに生きている」と、「戦後」をつくった大人たちに憤りをぶちまけている。私は80歳で、敗戦のときに小学校5年生であり、昭和の戦争に対しては「憤り」をぶつける側だが、「戦後」に対しては言い逃れはできない。

戦後の「平和と繁栄」を打ち立てたのは、政治家でいえば岸信介、池田勇人、田中角栄、中曽根康弘、経営者では松下幸之助、盛田昭夫、本田宗一郎、土光敏夫など、私より一世代上の人間たちだが、いずれとも私は何度も、しかも長時間話をしていて、その表も裏も知っており、もしも彼らの打ち立てたのが「偽制」だと白井が批判するのならば、私は意識するとしないとにかかわらず、「偽制」に加担していたことになる。そして、白井が「民主主義の虚構は暴かれ」たと指摘する現在までの「二〇年」間は、共犯関係にあったと言える。

そこで、触れたくない事柄、忘れておきたい出来事も少なからずあるが、度胸を決めて、戦後レジームなるものを総括する作業に取り掛かることにする。

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