ブルーバックス
『哺乳類誕生 乳の獲得と進化の謎』
驚異の器官がうまれるまで
酒井仙吉=著

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進化はなぜ哺乳類にたどりついたのか

 現在、地球上で最も繁栄している生物、哺乳類。生物にとって最も重要なのは、子孫を確実に残すこと。つまり、その繁栄のカギは「乳」というシステムにあった。水中を追われ、陸上に逃げ出した生物が、どのように体のしくみを変え、どのように子育てや子作りの方法を変えたのか。進化の歴史を丹念にたどり、哺乳類、そして人という生き物の本質に迫る。


はじめに

 古代ギリシャ時代、アリストテレスは生命の誕生について自然発生説をとなえ、ミツバチやホタルは草の露から生まれ、ウナギやタコ、イカなどは海底の泥から生まれるとした。これを疑う人はルネサンス期までいなかった。科学的に否定したのがパスツールで、一八六一年のことである。ところが三八億年前に出現した生物は無機物から誕生し、自然発生説と同じようなことになっていた。しばらくして多細胞生物となり、次に複雑な機能を身に付けていった。その根底に生存競争があった。勝者は何らかの点で相手を越える能力を有していたことを化石が教える。それが子孫に受け継がれたのは、遺伝子に刻まれていたからであり、また新たに刻まれたからでもある。したがって進化を遺伝学で述べることが可能であった。

 本書で主眼にしたのは、なぜ動物が陸上を目指し、どのように適応し、どのように子孫を残す方法を変えたかである。進化への旅は、基本ではあるが進化を生みだした機構が遺伝の仕組みにあったということから始めよう。

 本書は三部からなり、まず第一部で進化を可能にした遺伝の仕組みについて述べる。

 本来、生物のDNAは一つで、複製して等分することで子孫に渡していた。ところが真核生物はDNAを複数に分け、そのうえ対で持ち、有性生殖により子孫に渡す。その結果、時を経るにしたがって遺伝子が多くなり、個々の中味にも違いが生じ、遺伝的に多様となっていった。まさに遺伝子の多様化と有性生殖に進化を可能にする仕組みが潜んでいた。

 一九世紀初頭、ラマルクが初めて進化に言及し、獲得形質が遺伝するとした。続いてダーウィンが自然淘汰の重要性を説いた。ただ両者とも再現実験や実証実験ができず説や論の枠を越えられなかった。それも二〇世紀に進化が可能となる理由を新しく誕生した遺伝学が明らかにするとラマルク説も突飛でなくなりダーウィン説も当然となった。

 第二部で述べることが進化の道筋であり、進化の連続性である。

 最初の生物は水中で誕生し、無機物からエネルギーを得る細菌であった。次に光合成細菌が誕生すると地球上で酸素が生まれ、次にそれを利用する好気性細菌が出現した。二〇億年前、光合成細菌が葉緑体となり、好気性細菌がミトコンドリアとなって他の生物に寄生した。生物が陸上へ移動することを可能にする革命であった。これが共生となり現在まで連続している。

 五億四〇〇〇万年以前は細菌類のみであった。複雑な生物となるのはカンブリア紀からである。この時期に重要な出来事が二つあった。一つは脊索動物の出現である。後日、脊椎動物に進化し、今日まで連続する。次は目の出現である。生存競争が始まり、進化の原動力となって新しい種類を誕生させた。この理由により本書では進化をカンブリア紀から述べることにした。

 生存競争が始まると陸地に避難する動物が出現し、次に陸地でも競争が始まった。両生類は水辺と縁が切れなかった。ところが一部は水辺を離れて暮らせる能力を持っていた。これがハ虫類に進化し、両生類不在の広い場所を独り占めした。適者適存の原則にしたがい、生息場所に合うように体の仕組みが変わっていった。その究極が恐竜となるが、鳥類型ハ虫類および哺乳類型ハ虫類も存在していた。これらから鳥類および哺乳類に進化し、その痕跡が体の各所に残る。

 第三部では、乳腺で見られる究極の仕組みと進化がヒトに何をもたらしたかを述べる。

 哺乳類(Mammalia)という語はラテン語の「乳房の」に由来し、分類学の祖リンネが『自然の体系』で初めて用いた。乳房を備え、授乳によって子育てする特徴からである。体の各器官で進化の道筋を見ることができる。ところが乳腺の進化ではハ虫類との連続性をあまり感じさせない。むしろ遺伝子および分子、進化レベルで見ると哺乳類に固有な連続性となっていて、乳に驚くべき機能を付与した。また、進化の歴史をながめると、ヒトがどのように進化し、どのようにつくられてきたか推測できる。高度な文化と文明を創造してきたが、意外にも根底にあるのが狩猟採取の時代に身に付けた能力であった。

 理系の研究者は論文作成で結果を正確に文章化することに気を遣い、分かりやすさを重視することはほとんどない。筆者も例外でなかったようで、その性癖にブルーバックス出版部、なかでも能川佳子さんからの助言で気づくことが多かった。努力したつもりだが、読みやすさについては読者の皆様に判断を仰ぐことにする。

著者 酒井仙吉(さかい・せんきち) 
一九四七年、新潟県生まれ。東京大学名誉教授、日本獣医生命科学大学客員教授。東京大学大学院農学系研究科博士課程修了。農学博士。獣医学分野で教育と研究に従事。専門分野は動物育種繁殖学、研究テーマは泌乳の開始と維持、停止機構を分子レベルで解明すること。著書に『“家畜”のサイエンス』(共著:文永堂)、『どうなる?どうする??日本の食卓』(養賢堂)『牛乳とタマゴの科学』(講談社)がある。
 
『 哺乳類誕生 乳の獲得と進化の謎 』
驚異の器官がうまれるまで

酒井仙吉=著

発行年月日: 2015/01/20

ページ数: 264
シリーズ通巻番号: B1898

定価:本体  980円(税別)
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(前書きおよび著者情報は初版刊行時点のものです)