読書人の雑誌『本』
成城の洋館---佐谷眞木人・著『民俗学・台湾・国際連盟 柳田國男と新渡戸稲造』より

1981年の初夏のことだった。日曜日の午後、私は小田急線成城学園前駅に立っていた。駅近くにある緑蔭小舎という画廊で開かれていた銅版画家の長谷川潔の展覧会が目当てである。私は大学に入学して上京したばかり、小田急線に乗るのも初めてだった。よく晴れた暑い日で、地図を片手に探し当てた画廊は、閑静な住宅街の中にある落ち着いた洋館だった。

中に入ると、初夏の爽やかな風が気持ちよく吹き抜けた。当時の私はその画廊で会った品のいい婦人が柳田國男の長男、柳田為正氏夫人の柳田冨美子さんであることも、その場所にかつて柳田國男が住んでいたことも知らなかった。あとになって「ああ、あの時の」と思い当たったのだが、文献以外によって柳田の面影に触れたのは興味深い体験だった。生涯をかけて日本の民俗について考え続けた柳田が、実生活においては洋館に住んでいたということが、私にとっては小さな衝撃だったのだ。

柳田が現在の新宿区市谷加賀町から世田谷区成城(当時は北多摩郡砧村)に転居したのは、昭和2年のこと。成城は今では高級住宅地だが、当時は小田急線が開通して間もない新興住宅地である。子息の為正氏が成城学園に在学していた縁で、成城学園から分譲されたものという。

柳田は既に官を退いて、朝日新聞社の論説委員になっていた。さきの柳田冨美子さんは柳田の退官について、「将来を嘱望していた女婿が大臣を目の前にして野に下りたことは、直平お祖父様(註:柳田國男の義父、柳田直平)にとっては驚きばかりでなく大きな落胆でもあり、精神的な打撃ばかりでなく経済的な心配もあったはずと想像されます」と記している(「絵はがきの心」『柳田國男の絵葉書』(晶文社)所載)。私には大臣になった柳田國男を想像することは難しいが、身内からはそのように期待されていたのである。それは当然、本人の願望でもあったはずだ。

柳田國男の仕事は、大きく三つの時期に分けることが可能だろう。一つは、大正8年に貴族院書記官長を辞任するまでの官僚時代。次いで、国際連盟委任統治委員としてのジュネーブ滞在を挟んで朝日新聞社に勤務した昭和5年まで。そして、それ以降である。

このうち、最初の官僚時代においては新渡戸稲造を中心とした研究会「郷土会」を開催したり、雑誌「郷土研究」を発行したりするものの、学問はあくまでも余技であり(「余技」というにはいささかのめり込み過ぎているところが興味深いが)、本格的に学問で身を立てる決意をしたのは退官後である。

そして今私たちが『柳田國男全集』で読むことのできるあの膨大な著作の大半は、朝日新聞社を退いた56歳以降に集中している。それは「文人官僚」の趣味がやがて本業になったという展開である。もし、柳田が貴族院書記官長を辞任せずに大臣になっていたら、柳田民俗学は成立しなかったかもしれない。そのような想像は、研究者としての柳田の異質性を浮かび上がらせると思う。

柳田の個人史は、学問に濃厚な影響を与えている。その思想を辿ることは同時に日本の近代を生きた一人の知性の、個人的な経験を紐解くことである。官僚としてのスタンスと、研究者としてのスタンスは、柳田國男という個人の中で背反することなく同居していた。だから、柳田の学問を政治から切り離して考えることは難しい。国際連盟の委任統治委員として渡欧した柳田は、西洋文明と正面から向き合い、自らの学問の方向性を定めていった。また、渡欧体験によって西洋の最新の学問、特に人類学に触れたことが後の柳田の思想に大きな影響を与えている。西洋体験は柳田の思想の核を作っているのである。

柳田が成城に転居したのは、委任統治委員辞任後である。イギリスの社会人類学者フレイザーの書斎に倣い、「喜多見」という地名にかけて「喜談書屋」と名付けられたというその洋館は、書斎であると同時に研究者が集う場所でもあった。それは柳田の西洋体験を象徴しているのではないだろうか。

今回上梓した『民俗学・台湾・国際連盟』(講談社選書メチエ)も渡欧体験の意味を追っている。旧居は現在、柳田家の故地である長野県飯田市の飯田市美術博物館に移築されているが、私にとって柳田のイメージは、あの初夏の成城の瀟洒な洋館と結びついている。それは、近代の日本人が西洋思想を自らのうちに取り込んで血肉化した道筋を象徴しているように思われるのである。

(さや・まきと 恵泉女学園大学人文学部教授)
読書人の雑誌「本」2015年2月号より

佐谷 眞木人(さや・まきと)
1962年大阪市生まれ。慶應義塾大学文学部卒。同大学大学院文学研究科博士課程単位取得。博士(文学)。専攻は国文学。現在、恵泉女学園大学人文学部准教授。

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佐谷眞木人・著
『民俗学・台湾・国際連盟 柳田國男と新渡戸稲造』
税抜価格:1,550円

農政学を修めた二人の男。新渡戸が植民地台湾で培った「治者」の視線に若き柳田は触発され、新たな「郷土」をめぐる学が胚胎する。だが、国際連盟での「西洋」体験が、不幸にも2人のあいだを遠ざけ、ことばの壁に苦しむ柳田のまなざしは「常民」へと反転する・・・。近代にたいする切実な応答としての、日本民俗学誕生の過程を追う。

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