広島カープに帰ってきた黒田博樹という男  メジャーの20億円を捨てても、「約束」を守る  こんな生き方をする日本人がまだいた

恩に報いるため、果たせなかった夢のため、男は古巣・カープに帰ってくる。葛藤や不安はある。だが、どんな結末でも後悔はない。人生にはカネよりも大事なものがあると、黒田は知っているのだ。

広島中が待っていた

「まさか本当に帰ってくるなんて!」

黒田博樹の広島復帰という一報に、復帰を待ち望んでいたカープファンだけでなく、日本中が沸いている。

元カープのエースで、現在OB会長を務める安仁屋宗八氏が言う。

「朝、広島の街を散歩していると、すれ違う人たちがみんな『黒田さん、帰ってきますね。良かったですね』と声をかけてくれる。大盛り上がりですよ。本当に、誰と話しても『黒田が帰ってきてくれた』という話題ばかり。広島中が驚きと喜びにあふれています」

日本と同様、アメリカのスポーツファンもまた、騒然としているようだ。

現地メディア「SBNations」でヤンキースの番記者を務める、アンドリュー・マーンズ氏が語る。

「騒ぎになるのは当たり前ですよ。今オフ、ヤンキースは15億円程度、パドレスなどは20億円超のオファーを黒田に出していたとされている。しかし黒田はそれを蹴り、年俸4億円の『ヒロシマカープ』に戻るというんですから。これは『年俸=選手の評価』という価値観が強いアメリカでは、ありえない選択と言って過言ではない。ファンだけでなく、我々メディアも驚かされました」

信じられないのも当然だろう。今年の2月で40歳になる黒田は、昨季も11勝を挙げ、5年連続となる二桁勝利を達成。衰えはまったく見えなかった。

今オフ、ソフトバンク入団を決めた松坂大輔のように、メジャーでは契約が得られず日本へ帰る、というケースなら過去にもあった。しかし黒田のように、まだまだ活躍できるのに、日本球界に、ましてやカープという決して資金豊富とはいえないチームに帰った前例はないのだ。

ただ、黒田本人だけは「いつかカープに帰る」と、誓い続けていた。

「黒田は複数年契約を自ら断っていました。その始まりは、'07年に日本からドジャースへ移籍したときからです。黒田はドジャースの提示した4年契約に対し、『3年にしてくれ』と申し出た。

'12年にヤンキースへ移籍してからは、さらに驚くべき行動をとりました。毎年、『単年契約にしてくれ』と希望したのです。実際、ヤンキースでの3年間は、球団が複数年を提示しているにもかかわらず、1年ずつの契約でした。契約のたびに我々は首を傾げましたが、いま振り返ればわかります。黒田は『カープに帰りたいときに帰れるように』と、考えていたんです」(前出のマーンズ氏)

[野球]
上田哲之「黒田博樹という生き方」

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