現代新書
特別寄稿 『福島第一原発事故 7つの謎』 事故から3年経ってなお次々に浮かび上がる謎 「1号機の冷却機能喪失は、なぜ見過ごされたのか?」 【後篇】
吉田所長が生前に遺したとされる「謎の言葉」をめぐるミステリー(第3章)、知られざる放射能大量放出の謎(第4章)など、本書でしか読めないスクープ情報が満載されている。

福島第一原発事故発生から4年が経とうとしているが、事故原因の究明は遅々として進まず、いまだに多くの謎に包まれている。原子力発電所という巨大プラントの同時多発事故はきわめて専門性が高く、多くのメディアが事故の検証報道に及び腰だ。その中で、唯一、科学技術的な側面から事故を粘り強く検証してきたのが、NHKスペシャル『メルトダウン』取材班である。『メルトダウン』シリーズでは、これまで5本の番組が放映され、文化庁芸術祭テレビ・ドキュメンタリー部門大賞を受賞するなど、内外で高く評価されてきた。2015年1月16日、約3年半にわたる同取材班の調査報道をまとめた『福島第一原発事故 7つの謎』が講談社現代新書より刊行される。事故対応にあたった東電社員や原子力工学の研究者などのべ500人を取材し、極秘扱いの東電内部資料を駆使した独自取材はまさに圧巻だ。同書の刊行を記念して、「第1章 1号機の冷却機能喪失は、なぜ見逃されたのか?」の後篇を掲載する。

第1章 1号機の冷却機能喪失は、なぜ見逃されたのか?」の前編

点灯した緑のランプ

すべての電源を失ってから、1時間半あまりが経った午後5時19分。1、2号機の中央制御室では、当直長が、ICが動いているかどうかを確認するため、2人の運転員を現場に向かわせた。ブタの鼻から蒸気が出ているという報告を受けても、中央制御室はICが動いているかどうか確信を持てていなかったからだ。

水位計の値が刻々と下がって、再び見えなくなってしまったことも大きかった。この後、中央制御室は、運転員を派遣し、ICが動いているかどうかを確かめる作業を何度も試みていく。

ICは、原子炉建屋の4階にA系・B系、2台が並んでいる。

「イソコンの現場確認を実施しろ。機器の損傷ないか、現場で目視確認。現場暗いので十分注意!」

「了解」

当直長の指示に2人の運転員が調査に向かう。ICの作動状況を確かめ、冷却水が入ったタンクの脇についている水位計を調べ、冷却水が十分に確保されているかを確認することにしたのだ。2人の運転員は、水位計の位置などを図面で入念に確かめたうえで、暗闇の廊下を、懐中電灯を頼りに原子炉建屋へと歩いていった。

原子炉建屋の入り口は二重扉になっている。原発に異常があったとき、放射性物質が建屋から漏れ出すのを防ぐためだ。

錯綜した情報で混乱を極めた免震棟 写真:東京電力

午後5時50分。その二重扉を開けようとしたところだった。持っていたガイガーカウンターの針が振り切れた。

2人は顔を見合わせた。「なぜ、この場所で?」

二重扉は放射線もかなり防ぐ。通常、扉の外でこうした線量が測定されることはない。しかも、2人は、このときはまだ防護服や防護マスクを装着していなかった。さらに線量計もなく、どの程度の放射線量なのか、正確な数値はわからなかった。2人は、確認作業を諦め、中央制御室に戻るしかなかった。

11 日夕方、一部の直流電源が復活し、ICの戻り配管隔離弁(MO-3A)、供給配管隔離弁(MO-2A)の表示ランプが点灯していることを中央制御室の運転員が発見した。点灯状況を確認したところ、弁が閉まっていることを意味する緑色表示だった 写真:NHKスペシャル『メルトダウンⅢ 原子炉〝冷却〟の死角』の再現ドラマより

午後6時18分。中央制御室の制御盤の前に運転員たちが次々と集まってきた。1号機のICの弁の状態を示すランプが、うっすらと点灯しているのに気がついたのだ。

午後4時40分台に続いて津波で海水をかぶったバッテリーの一部が何らかの原因で復活し、一部の計器やランプが再び見えたのだ。

ICのランプは緑に光っていた。緑は、弁が閉じていることを示していた。ICの配管の途中の弁が閉じているということは、蒸気は流れを止めていて、ICは動いていないことを意味した。

この時点で、中央制御室の運転員たちは、初めて、ICが止まっていた可能性があることに気がついたという。当直長や運転員は、バッテリーの電源が失われたとき、ICの弁が自動的に閉まる構造になっていたことに思い至ったのだ。取材に対して運転員の一人は「ICは、バッテリーがなくなると、電気信号が出て止まることは知っていた。そのときの雰囲気は、ICは止まったなという感覚だった」と話している。

吉田が証言していたように、1、2号機の運転員は、ICの仕組みに詳しく、フェールクローズの仕組みを知っていたのである。当直長は、ICを動かそうと、担当の運転員に制御盤のレバーで、弁を開くよう指示を出した。

福島第一原発1号機の中央制御室。事故当時は照明や操作盤の電光表示も全て消えた状態だった 写真:東京電力

「イソコン、起動しよう。2A弁、3A弁とも開!」

当直長の指示が担当者によって繰り返され、運転員がレバーを操作する。

「開にしました。イソコン起動確認」

「了解。時間18時18分!」

ランプは緑から赤に変わる。1号機の原子炉を冷却するICが、全電源喪失した午後3時37分から約2時間半経ってようやく起動した。

当直長は、免震棟へのホットラインで、ICの弁を開いたことを報告した。さらに、別の運転員に、外に出て1号機の原子炉建屋の「ブタの鼻」から蒸気が発生するか確認するよう命じた。中央制御室の非常扉から外に出ると、1号機の原子炉建屋越しに排気口は直接見えないが、蒸気が勢いよく出れば、見える位置にあった。

建屋の外に見回りにいった運転員が急いで帰ってくる。その報告は、最初は勢いよく出ていた蒸気が、ほどなく「もくもく」という感じになって見えなくなったというものだった。

当直長は、ICのタンクの冷却水が減り、蒸気の発生が少なくなったと考えた。タンクの中の冷却水がなくなると、空だきとなるため、ICの配管が破損し、高濃度の放射性物質が外にもれる恐れもあるのではないか。中央制御室は重大な決断に迫られる。

「イソコン運転続けますか?」

「いったん3A弁閉にしよう」

午後6時25分。当直長は、ICの弁を閉じるよう指示をした。制御盤のランプは赤から緑に変わった。ICは、わずか7分後、再び停止した。1号機で唯一動かすことができた冷却装置ICは、再び動きを止めた。

後の取材に対して、運転員の一人は、「蒸気が出ていないため、空だきになっているのではないかと疑った。ICが壊れると、原子炉の中の放射性物質が外に直接放出される。そうするともう誰も近寄れない。その時点では原子炉はまだ大丈夫だと思っていたので、間違った判断だとは思わない」と当時を振り返っている。

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