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倉本聰インタビューこの国はどこへ行こうとしているのか
「北の国から」いま思うこと

大自然の中で暮らす親子3人の姿を描いた『北の国から』には、バブルに浮かれる日本社会への警句が込められていた。あれから30年。日本人はそろそろ気づかなければならないと、倉本氏は言う。

政治家はカネの話しかしない

『北の国から』の中に、「電気がなければ暮らせませんよ。夜になったらどうするんですか」と問う純に対して、五郎が「夜になったら寝るんです」と答えるシーンがあります。

あの物語を作ったのは、バブルへと時代が突き進む'80年代前半のこと。カネ儲けばかりを重視する時代の流れに、疑問をもたなければいけない。その思いが、富良野の大自然の中で生きる家族を描いた動機でした。

スイッチを押せば電気がつく、蛇口を捻れば水が出る。そんな暮らしに慣れ切った子供たちが、富良野の大自然の中で生きていく姿を描くことで、人間が「生きる」とはどういうことか、考えてほしかったのです。

東日本大震災の後、その「ただ、生きる」という単純な哲学が、見直される声がありました。

震災直後は、街中のネオンが消え、東京が真っ暗になりましたよね。多くの人たちが家まで歩いて帰り、さらに計画停電も行われた。「被災地のために何ができるだろうか」「自分たちの暮らしを見つめ直そう」。そんな思いが、国民の間で高まるのを感じました。

戦後日本が突き進んだ経済至上主義の社会を見直し、真の豊かさとは何かを考えるきっかけになるかもしれない—。『北の国から』が再び評価されたことは、僕にとってそんな淡い希望を感じさせる出来事でした。

しかし、半年も経つとその熱もスウッと消えていきました。思えばそれこそが、震災の風化の始まりだったのでしょう。

昨年の総選挙でも、論じられたのは、アベノミクス、円安政策や消費増税……つまり、カネの話ばかりでした。日本人は、あの災禍のことをすっかり忘れてしまっているように見えます。

そう語るのは、『北の国から』をはじめとした数々の作品で、戦後の日本人の価値観に問いを投げかけ続けてきた脚本家の倉本聰さん(80歳)。日本人は、本当の幸せを見失ってしまったのではないか—。その思いをより一層深めたのが、2011年、あの東日本大震災と、原発事故だった。

そもそも我々の生活というものは本来、最初に需要があって、次に供給があったわけです。腹が減るから飯を作る。これだけの人間が腹を空かせているから、これだけの量の食糧が必要だ、と考えるのが僕の子供時代の価値観でした。

当たり前に思えたその世界は、戦後の資本主義経済の中で変わっていきました。「これだけ供給できるから、需要と消費を増やせ」という社会が到来したのですね。