前田日明 第2回
「ルスカのイタズラに表情ひとつ変えなかったグレート・アントニオは"本物"だと思いました」

撮影:立木義浩

第1回はこちらをご覧ください。

シマジ 今日は前田さんにいろんなことをお訊きしたいんですが、まずは1999年、引退試合の相手に"霊長類最強"といわれていたアレクサンダー・カレリンを敢えて選んだのはどうしてですか? 引退試合といえば普通はちょっと弱い奴とやって華を持たせることが多いじゃないですか。

前田 たしかにカレリンは全身筋肉の塊で屈強な体をしていました。近くで見ると、まるで競走馬のような肉質なんですよ。オリンピックのグレコローマン・スタイルで金メダルを3個も獲っている無敵のレスラーでしたから、そんな奴と闘うなんて無謀だと散々いわれました。

とはいえ、ぼくは二つのことを目論んでいました。まずどんなに痛めつけられてもカレリンから1本取ってやろう、そしてうまくいったらテイクダウンを取ろうと密かに狙っていたんです。

立木 そうか、負けるとしてもただでは負けない、最後にもうひと華咲かせてやるぞという覚悟の引退試合だったんだね。

シマジ まさに"ロマンティックな愚か者"の美学ですね。

前田 実際、カレリンはとんでもなく強かったですけど、じつはあの前日の夜遅くまでやるやらないで揉めていたんです。彼の取り巻き連中は全員が反対だったんですよ。前人未到のオリンピック4連覇を目前にして、こういうことはやめたほうがいいという見解でした。

ヒノ その前にまず、よくあんな大物を呼ぶことができましたね。当時はそれがいちばんの驚きでした。

前田 それはリングス・ロシアの連中が頑張ってくれたんです。旧ソ連国家スポーツ省の事務次官をやっていたウラジミール・パコージンがリングス・ロシアの代表でした。

その彼が「ソ連崩壊によってスポーツ振興が途絶え、喰えなくなっていた我が国の格闘家たちが、前田の尽力によって何十人も救われた。ロシアの英雄といわれているあなただ、そんな男のためにたった一試合やるくらい、いいじゃないか」と涙を流してカレリンに訴えてくれたんです。パコージンは後年飛行機の爆弾テロで亡くなってしまったんですが。