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最終決定! 立派だった日本人(1945年~2015年)ランキング&第一位スペシャル・インタビュー——我々を励まし勇気づけてくれたのは、この人たちだった

みんなが納得
最終決定!「立派だった日本人」
総合ランキング発表

評者/福田和也

やっぱり記録よりも記憶

「立派だった人」という言葉を「日本人を元気にした人」と解釈すれば、真っ先に名前が挙がるのは、やはり長嶋茂雄さんでしょう。長嶋さんは、数字だけみれば大偉業を達成したわけではありませんが、天覧試合のサヨナラホームランをはじめ、国民に与えたインパクトはもっとも大きかった。監督時代も一挙手一投足が注目を集めました。バントの構えをしながら選手交代を告げて作戦がバレバレだったなど、長嶋さんならではの心温まるエピソードに事欠きません。

'04年に脳梗塞で倒れた後も、自らに厳しいリハビリを課して自立歩行ができるまでに回復し、いまも公の場に立ち続けている。これだけの長きにわたって、自分を犠牲にしても日本人に元気を与え続けた人は他にいません。

その長嶋さんと並んで日本のプロ野球を牽引してきた王貞治さんも、胃がんを克服し、いまも福岡ソフトバンクホークスの会長として先頭に立っている。ONの二人は、やはりランキングから外すわけにはいかないでしょう。

2位には、あえて「ワンマン宰相」、吉田茂を選びました。傲慢な性格で知られていますが、サンフランシスコ講和条約を締結して日本の主権を回復し、平和国家として歩んでいく道筋をつけた功績はあまりに大きい。新安保条約を締結した岸信介は、政界編では1位に選ばれましたが、吉田茂が敷いたレールがあってこその功績だと私は考えます。

彼の薫陶を受けた「吉田学校」の門下生からは、沖縄返還を実現し、ノーベル平和賞も受賞した佐藤栄作など、数多くの日本のリーダーが出ていることもあわせて評価しました。
吉田茂と同じく、戦後の日本で強烈な個性を放った政治家が、田中角栄です。ロッキード事件や金権疑惑で晩節こそ名を汚しましたが、米国一辺倒だった外交を転換して中国との国交回復に尽力するなど、政治家として成し遂げたことは他を圧倒しています。

3位には経済界から松下幸之助を選びました。松下は、理想を抱いた経営者でした。「水のように安価に、そして、潤沢に家電製品を作ることができれば、この世から貧困を放逐できる」。その『水道哲学』と呼ばれる理念を実現するため、ひたむきに努力をしてきた。子供の頃から病弱なうえに、実家も破産するなど苦労続きでしたが、逆境をはねのけて、理想を現実のものとしました。「徒手空拳からでも、頑張れば成功できる」という夢を日本人に与えたのです。

おなじく実業家から、阪急グループ創業者の小林一三は、戦後最も独創的な経営者と言っていいでしょう。阪急百貨店を基点に鉄道を敷くと、その沿線に住宅地を造成し、宝塚歌劇場などの娯楽施設も建てた。百貨店、鉄道、住宅、そして娯楽まで結びつけるという発想は当時、海外にもなかったと思います。

欧米にビジネスモデルを求める経営者が多いなか、オリジナルの発想を貫いた小林一三は希有な存在です。街づくりだけではなく、「25銭カレー」を売り出して成功を収めるなど、アイデアマンとしても才能はトップクラス。その独創性が日本社会に変革をもたらしました。