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決定! 立派だった日本人 政界ベスト20人&財界ベスト20人(1945年~2015年)
——我々を励まし勇気づけてくれたのは、この人たちだった

週刊現代 プロフィール

後藤田、梶山、野中も

田崎 でも、「政界の知識人」という枠を作るとすると、私は大平に次いで宮沢を挙げたい。教養という意味では立派ですよね。政治家としての評価は別としても。

大平がすごいのは、総理時代の記録を事細かに残していること。政権内部の生のデータを残した唯一の総理ですよ。政治家の回想録には良いことしか書かれていないものが多いから、貴重な遺産だと思います。

平成に入ると、政界にもいわゆる「大物」が減ってしまった。

田原 善し悪しは別として、竹下はこう言っていました。「派閥の長は、年間20億のカネを集めなきゃいけない。竹下派が強いのは、30億集められるからだ」と。平成に入るとそれがなくなって、派閥の領袖が力を失った。それで政治家個人の力も弱まったんですね。

田崎 平成の政治家で立派というと、後藤田正晴や梶山静六、野中広務でしょうか。彼らは、自分の戦争体験を糧に政治をしていた。今はもう、そういう人は政界を去ってしまいました。

田原 中曽根の構造改革が成功したのも、後藤田官房長官のおかげでしたね。新聞は「田中曽根内閣」と書いていたけど、本当の立て役者は後藤田だった。野中と梶山は、自民党にあって「再び日本を戦争に巻き込んではならない」と強く主張した政治家でした。

中曽根の次に改革をやった総理というと橋本龍太郎ですが、彼は官僚に騙されたと思うんです。橋本は「国の借金が多いから、行政改革で借金を減らす」と言い出した。しかし、官僚が「国家公務員の数ではなく省庁を減らすべき」と主張して抵抗したから、省庁再編をやって国土交通省とか総務省、文部科学省を作ったわけです。

その結果、むしろ省庁が大きくなって大臣の目が行き届かず、官僚のやりたい放題になってしまった。

田崎 実は、橋本の次の総理、小渕恵三は重要な政策をいろいろやってるんですよね。あまり評価されないけれど、小渕は優れた政治家だと思います。

田原 金大中(元韓国大統領)を日本に呼んで、「過去のことは水に流して、新しい日韓関係を作ろう」と宣言を出したのも小渕内閣でした。それから、沖縄サミットもやった。もっとも開催の時には、小渕は亡くなっていたけれど。

中曽根は小渕を「真空総理」、つまり空っぽだと評しましたが、彼はそれを逆手にとって「私は真空だから、皆さんの意見を聞きたい。何でも言ってくれ」と言っていた。僕の番組にいきなり電話してきたこともありました。

田崎 小泉純一郎の功績については、賛否が分かれますよね。政治には、「権力を勝ち取り、維持するためのケンカ」という側面が間違いなくあります。そういう意味で言えば、小泉はここ20年の総理の中でダントツにケンカが強かった。