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決定! 立派だった日本人 政界ベスト20人&財界ベスト20人(1945年~2015年)
——我々を励まし勇気づけてくれたのは、この人たちだった

週刊現代 プロフィール

田崎 角栄も、戦後日本の枠組みを作った総理ですね。日中国交正常化は大きな転換点だった。

田原 そういう意味では、日ソ国交正常化を果たした鳩山一郎、沖縄返還のときの総理だった佐藤栄作の功績も大きいと言えます。

田崎 日米外交という観点から見ると、アメリカ大統領と個人的な信頼関係を築いた政治家としては、歴代の総理でも中曽根康弘と小泉純一郎が突出している。

田原 中曽根が総理になったとき、一度インタビューしたんです。僕が「あなたは『風見鶏』と言われていますね」と言うと、彼は「だからいいんだ。何かやるときに、様子を見ないでやったら危なくてしょうがない。風見鶏だから安全なんだ」と言っていました。

田崎 確か宮沢喜一だったと思うんですが、中曽根のことを「前を隠さないで風呂に入る人」と評していたんですよ。自分の手柄を他人に堂々と見せる、珍しい政治家ということですね。日本人は普通、自分が何をやっているか見せたがらないから、陰でいろいろやる。でも中曽根は見せたと。

田原 イチモツに自信があったんだね(笑)。

中曽根の次に総理になった竹下登は、野党との人脈が抜きん出ていました。特に社会党との人脈が強かったから、消費税を導入できたわけです。彼や金丸信は、自民党を一時は完全に牛耳っていたし、小沢一郎を育てたということもあって、未だに悪く言われる。でも金丸は細かいところを気にしない、大らかな性格が良かった。「タイムリミット」のことを「タイムメリット」と言ったり(笑)。

田崎 彼らは戦略と根回しの政治家でしたよね。私は竹下から「政治は日程がすべてだ」と教わったのを覚えています。金丸も、何度も野党のところに通い詰めていました。

田原 僕は、そういう中曽根や竹下、金丸と対照的な政治家が宮沢だったと思うんです。中曽根は大平正芳のブレーンを引き継いで、国鉄や電電公社、専売公社の民営化をやりました。それで僕は宮沢が総理になったとき、「あなたもブレーンを使ったほうがいいですよ」と言った。すると彼は「いや、中曽根さんは傍流の人だからブレーンを使わざるを得なかったんだ。政治家の最大のブレーンは官僚だ。頭のいい奴がいっぱいいるんだから、彼らを使えばいい」と答えた。大蔵省出身の自分を「本流」と思っていたことが宮沢の欠点ですね。

田崎 私も当時、金丸と会って部屋から出てきた宮沢に「どんな話でしたか」と聞いたんです。すると彼は「(金丸は)何を言ってるかわからなかった」と答えた。政治は、論理的に考えると間違うことがある。宮沢はそこが理解できなかったんだと思います。頭がいい人は、どうしてもロジックを優先しますから。

田原 そういえば、宮沢には直接「あなたはインテリだけど、政治家はインテリヤクザじゃなきゃいけない。あなたには、ヤクザなところがない」と言ったこともあったなあ。