馬込で高台の眺望や好アクセスを手に入れる 【提供:NIPPO】

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池上本門寺

 Text by Tatsuro Hashimoto

雄大な眺望が広がる

 江戸時代から続く地名が残る大田区の馬込。その一帯はかつて、大森駅から洗足池まで広がるような大きな村であった。

尾崎士郎記念館

 大正時代までの馬込周辺は田園地帯であったが、関東大震災後から昭和にかけて東京近郊の宅地として注目されるようになる。なかでも有名な居住者は、後にノーベル文学賞を受賞する川端康成や、尾崎士郎、北原白秋といった芸術家たち。数十人の芸術家がこの地を好み、互いに親交を深めていった。そして、いつしかこの地域は「馬込文士村」と呼ばれるようになっていく。当時彼らが住んでいた場所には、今では記念館や居住跡案内板などがあり、数多くの人たちが訪れる。

太田区標高概念マップ
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 関東大震災後に馬込が注目された理由は、江戸時代からの東京の中心地が海抜数メートルの埋め立て地であったのに対し、馬込が武蔵野台地にあり地盤がしっかりしていたからだともいわれる。武蔵野台地は数十万年前に形成され、その上に関東ローム層が堆積してできた層。古くからある地盤で標高も高く、都営浅草線の馬込駅は標高約17mの高台にある。

ル・サンク馬込」が建つのもこの高台である。標高が高いので見晴らしは最高。窓の外には雄大な眺望が開ける。晴れた日なら、上層階から富士山や東京タワー、レインボーブリッジ、新宿の高層ビル街、武蔵小杉の高層マンションなどが見えることもある。

高低差概念図 ※実際とは多少異なります。
現地眺望は、現地(9階相当)より撮影したものにCG加工を施したもので、実際とは多少異なります。