メディア・マスコミ
朝日が日本初の「パブリックエディター制」導入へ---米NYTをお手本に読者との結びつきを再構築できるか
パブリックエディター制などについて説明する朝日の紙面

朝日の試みは日本の新聞界に新風を吹き込むか

朝日新聞が1月5日、いわゆる「パブリックエディター」制を今春に導入すると発表した。編集・論説部門から独立して、読者代表として自らの紙面上で報道内容を点検する特別ポストの設置は、日本の新聞史上で初めてとなる。

逆に言えば、これまで新聞界は読者を向いた体制になっていなかったということだ。読者というよりも権力と一体になりがちな記者クラブ体質を引きずってきたからだろう。朝日がパブリックエディター制で成功すれば、新聞界に新風を吹き込むかもしれない。

当コラムでもパブリックエディターについては何度か取り上げてきた。朝日が池上彰氏のコラム「新聞ななめ読み」の掲載をいったん見送ったときには、9月5日公開で「紙面審査の『オンブズマン制』を導入してはどうか?」と題したコラムを書き、「パブリックエディター制を導入するいい機会ではないか」と結論した(オンブズマンはパブリックエディターと同義)。

こんな結論にしたのは、池上氏が事実上パブリックエディターの機能を担っていたのではないかと考えたからだ。同氏は「新聞ななめ読み」で朝日の慰安婦報道問題への対応を取り上げ、「お詫びがなければ、試みは台無しです」と一刀両断した。同氏の指摘はパブリックエディターならば当然の内容だった。

その池上氏は、朝日がパブリックエディター制導入を柱にした行動計画を発表した5日に「新聞ななめ読み」再開を決めている。同氏がコラムを再開するならパブリックエディターも不要なのでは---こう思う人もいるかもしれない。

だが、池上氏のコラムがあっさりと掲載見送りになった経緯を振り返ってほしい。同氏は契約に基づいて寄稿する外部コラムニストであり、数ある仕事のうちの一つとして「新聞ななめ読み」を手掛けているにすぎない。担当編集者から「掲載しない」と言われれば「そうですか」と引き下がるしかない立場にあったのだ。

本来のパブリックエディターは違う。フルタイムの仕事として紙面批評に専念する代わりに、雇用を保障され安定した身分を得ている。つまり社内ポストを与えられ、出来高ベースの原稿料ではなく定額の給与を受け取っている。これならば「コラム連載を打ち切るぞ」と脅されることもないだろう。そもそもコラムを書くために雇用されているのだから。