白河桃子×安藤哲也 ~時代はイクメンからイクボスへ~
【第2回】「上司は部下を選んでいるかもしれないけれど、部下は上司を選べない」

[左]安藤哲也(NPO法人ファザーリング・ジャパン代表)、[右]白河桃子さん(少子化ジャーナリスト)

【第1回】はこちらをご覧ください。

リーマンショックで潮目が変わった

白河: 働き方については、会社の上のほうの人たちに意識を変えていってもわらなきゃいけないと思いますけど、今後はどういう展開を考えているんですか? 例えば、経団連でセミナーをするとか?

安藤: 最初はまず「イクボス」という言葉をどう流通させるかですね。言葉と概念。そして、さっきも言ったようなロールモデルを見せていく。正しい情報を届ける。情報収集と可視化。

白河: やっぱりもうフェーズがちゃんと決まっているわけですね。

安藤: ええ。その次は、具体的な講座をやって啓発・育成を進めていくということですね。マスコミも巻き込みながら。イクボスを社内で推進していく企業の同盟みたいなものも作れるといい。日本は横並びだから。最後は、それを定着化させるために制度を変えていく。最終的には会社の評価制度を変えていきたいですね。

白河: そうですね。評価が変わらないと難しいですよね。

安藤: 生産性の高い人が評価される、あるいは、生産性を高めるようなマネジメントをしているボスが評価されるという仕組みが必要。そこを変えれば、たぶん変わるんですよ。みんなそっちのほうが得って思うはずですから。

白河: やっぱり会社員にとっては、評価がすべてですからね。

安藤: 日本はそう。「雇われている」っていう感覚の人たちはそうなる。

白河: じゃあ、今は可視化をすることと、セミナーで言葉と概念を流通させていくっていう段階。もう少ししたら、啓発・育成のフェーズに入って、その後は直接、会社の制度を変えるようなところまで踏み込んでいくと。

安藤: 賛同するひとが増えてきたらね。あとは、企業だけじゃなくて、国や自治体に対しても訴えかけたりしていきたいですね。これはイクメンのときと同じです。最初は全然動かなかったけど、僕らが3年やった後に国も動いてきたので。

白河: やっぱり3年かかるんですね。

安藤: 3年かかりましたね。

白河: このコーナーでは、自分たちの取り組みがどういうやり方をしたら、もっと大きな変化を起こせるか、国まで動かせるか、ということを必ず聞いているんですが、いかがでしょうか?

安藤: NPOというのは、それが仕事ですからね。

白河: まず、イクメンということで、3年やったわけですね。

安藤: 僕らが3年やった後に育休法の改正が持ち上がって、2009年に変わった。そのときに厚労省がイクメンプロジェクトに乗り出したんですね。それで、イクメンという言葉をメディアが取り上げて、一気に浸透していった。そしてプロジェクトにとってラッキーなことに、その直後にリーマンショックが起こったんです。

あそこで、完全に潮目が変わりましたね。リーマンショック後、僕の講演の受講数が倍になったんです。もう、明らかな変化でした。

白河: 何が後押ししたんですか?

安藤: だって、不景気で残業できないし、お小遣いもないから、父親は家に帰るしかないんです。でもうちに帰っても、子育てなんかしたことないから、何をしていいか分からないって言うんですよ。それを教えてくださいっていう受講者ばかりが来ました。

白河: 面白い。リーマンショックのせいでイクメンが増えたんだ(笑)。

安藤: さらにその後、大震災も来た。それでますます「家族の絆」が見直されることになった。

白河: なるほど。みんな、そこで振り返ったわけですね。

安藤: 『家族になろうよ』っていう歌が流行ったぐらいですからね。お母さんたちは前からみんな家族だけど、お父さんだけが蚊帳の外だったわけ。お父さんも「ああ、おれも家族だったね」みたいな話になってきて、「じゃあ、何を学べばいいの? あ、イクメンがあるじゃん!」みたいな話になったわけです。

白河: お父さんが蚊帳の中に入ろうと、そこで努力したわけだ。奥さんに連れてこられるんじゃなくて、自主的に来る人が多い感じでしたか?

安藤: 半々ですね。今でも妻が申し込んだというケースが半分ぐらいですよ。「とにかく行ってらっしゃい」みたいな感じで妻に送り込まれてくる(笑)。でも、そうやって来た夫もだいたい、ある程度OSが新しくなって、パパスイッチが入った状態で帰っていくという印象はありますね。

白河: じゃあ、働く女性が増えただけではないんですね。だけど、待機児童もリーマンショックの後に一気に増えたので、やっぱり女性が働いて「私も家計を支えなきゃ」っていう意識がすごく強まったということですよね。

安藤: そうです。逆に男性の意識にも、自分の給料だけでこの先ずっと家族を養っていけるのかという確信がなくなってきたという事情があります。

白河: 自分の将来に対して自信がなくなった。

安藤: だから、妻にも働いてもらえるように、自分も育児や家事をシェアするんだと。今までの単なる「お手伝い」じゃなくて、自分が主体的に家のことをしていくんだ、という風に変わりましたね。

白河: リーマンショックって、そんなに大きな影響があったんですね。

安藤: 僕は最初、ファザーリング・ジャパンのミッション達成には15年ぐらいかかると思っていたんですよ。それが約7年でここまで来ましたから。ある意味、ついていました。明らかにそういう追い風が吹いたからなんですよね。

白河: 未曽有の危機に直面したことで社会の変化のスピードが速まったんですね。

安藤: 2つの大きなエポックが続いたので、予想以上に速かったという印象です。

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